Wikipedia:削除の復帰依頼
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Wikipedia:削除の方針に従い、管理者は、ウィキペディアにあるページを削除することがあります。削除されたページは、ある程度の期間、管理者のみが閲覧可能なデータベース(archiveテーブル)に保管されていますので、必要に応じて元に戻すことができます(長期間経過すると、消去されてしまう場合があることに注意して下さい)。
このページは、削除されてしまったページを元に戻すよう依頼するためのページです。依頼するためにはWikipedia:復帰の方針をまずお読み下さい。
復帰依頼の対象となるのは、削除された全てのページです。復帰を依頼する際には、その理由をできるだけ詳細に述べて下さい。削除依頼で議論されたページについては、該当ページへのリンクも書いて下さい。該当ページのノートがあれば、そこへのリンクも書いて下さい。
削除の復帰依頼があってから、一週間が経過し、かつ、削除されたページの復帰に合意が得られている場合、管理者の方はページを復帰させて下さい。合意が得られてから長期間放置すると、復帰できなくなる場合がありますので、できるだけ早く復帰させるのが望ましいですが、強制するものではありません。
誤ってページを削除してしまった場合などに対処するため、管理者は削除の復帰依頼を経ることなく復帰させることがあります。
目次 |
[編集] archiveテーブルの状況他
- 2004年6月8日 - データベースの障害により、バックアップされていなかったarchiveテーブルは消失しました。これ以前に削除されたページは復帰できません。
- 2005年1月4日 - データベースのブロック圧縮が行われましたが、archiveテーブルに影響はありません。即ち、既に削除されたページは2004年6月9日以降のものであれば復帰できます。
- 2006年6月16日 - メディアウィキのバージョンアップにより、画像の復帰が可能になりました。2006年6月16日以降に削除された画像は復帰できます。
[編集] 削除の復帰依頼の書き方
削除の復帰依頼に出す場合は、次の項目を記述してください。
- 復帰対象のページ名
- もしあれば、削除に関する議論が行われたページ(通常は、その記事のノートや、[[Wikipedia:削除依頼/ページ名]])
- 削除の復帰依頼を、何時、誰が行ったのかを明確にするため~~~~を用いた署名
例:
=== {{article|○○○}} ===
有用な記述内容があったにもかかわらず、削除されてしまいました。
復帰を希望します。以前の記述内容:「×××」
削除依頼: [[Wikipedia:削除依頼/○○○]]。--~~~~
即時削除された画像の例
=== {{p|ファイル|○○○}} ===
画像情報and/orライセンス不備のため即時削除されてしまいました。
復帰を希望します。この画像の制作者は×××であり、著作権者も×××です。
ライセンスは××××××にする予定です。--~~~~
- ライセンスについてはWikipedia:Template メッセージの一覧/ファイル名前空間参照)
[編集] 投票について
復帰を希望するときは(復帰)と、復帰に反対する場合は(反対)と表明し、その後ろに理由などをお書きください。(保留)や(コメント)も使用できます。
[編集] 処置の報告
削除の復帰依頼の該当部分で議論し、議論の結果と対応する処置について書いて下さい。削除の復帰依頼のページは、しばらく時間が経過した場合、そのやりとりは消去されます。もちろん、過去の履歴でその版を見ることができます。
[編集] 削除の復帰依頼
[編集] 三峯徹 - ノート
昨日、11月8日に三峯徹氏についてのイベントが行われました。このイベントは複数のニュースサイトにも取り上げられており、このことから2007年の削除時に不足しているとされた著名性について、現在では状況が変化しているのではないかと考えます。
氏の著作については自費出版であり出版者としての公人としての著名性については確かに疑問も残りますが、他の自費出版団体などの項目と同程度に記事として成立しうると思いますし、投稿活動については類似の活動実績を持つ存在がおらず、代替が存在しないという意味では懸念された「売れないストリートミュージシャンとかオヤジなアマチュアバンド」などとは一線を画しており、収拾不能という懸念は杞憂であろうと考えます。
記事の内容については、検証性に欠けるなど加筆修正の必要はあるかと思われますが、ご一考いただければと思います。削除依頼: Wikipedia:削除依頼/三峯徹。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-09T04:38Z
- (反対)名前を書いておけばよいレベルです。ネ申ではちょっと。--hyolee2/H.L.LEE 2009年11月9日 (月) 04:44 (UTC)
- (コメント)「名前を書いておけばよいレベルです。」というのは同意です。その辺の独自研究というか、独自研究以下の主観的な感想文の部分については修正の必要を感じますが、ただ、項目として存在が許容できない理由というよりは修正が必要な理由かと思います。アンサイクロペディア的なノリノリなモノではなく百科事典的な項目としても成立させうると考えたため、項目の作成を考えたのですが作った瞬間に即時削除されるとかではアレなので、どういう形でなら項目を作成しても問題ないか、事前に合意を取りたくこちらに持ってきた次第です。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-09T11:17Z
- (賛成)コミックヴァルキリー創刊号において三峯徹からの葉書が来る来ないで編集部が一喜一憂するさまが書かれていたりすることを考えると商業誌からのアプローチも存在し、商業誌をテクスティズム的に紐解く際には参考になる記事に成長する可能性が高い。削除された記事自体に残すべき内容があるかどうかは現在閲覧できず判断できないが、再作成を支持するという側面から賛成する。--Himetv 2009年11月9日 (月) 17:57 (UTC)--一部修正--Himetv 2009年11月10日 (火) 04:57 (UTC)
- (賛成)何の漫画か忘れましたが、三峯徹がヒエラルキーピラミッドの頂点に居るというネタがありました。ハガキ職人の中では一つ頭飛び抜けて知名度のある方ですから、検証可能な資料を集め独自研究を含めない形で記事にするのであれば、復帰に反対する理由はありません。独自研究が払拭できなかった場合は、「特筆性」ではなく「独自研究にしかならない」という理由で改めて削除すべきだとは思います。どうでもいいですが三峯氏にウィキペディアへ画像を投稿してもらったら面白い記事になりそうですね。--ラッキースター・キッド ◆Luck.w.AEQ 2009年11月9日 (月) 23:08 (UTC)
- (反対)「複数のニュースサイトで取り上げられており」では著名性の変化したかどうか不明。また、他の記事と同じレベルだから問題ない、という主張も著名性の問題をクリアしていない。--PALNAS 2009年11月10日 (火) 13:17 (UTC)
- (コメント)ご意見ありがとうございます。今回の依頼ではどの程度の著名性が必要かについても併せて相談出来ればと考えておりまして、丁度その点をご指摘頂きありがとうございます。氏は現状、例えばゲームのジャケットにゲストイラストレーターとして参加したり、商業漫画単行本の帯を書くなど、地味ではありますがイラストレーター業も行われており、また、他作家の商業作品において名前や画風がネタとして用いられたりなどしており、少なくとも公式の場で名前をだされている存在(つまり名前のみをしてプライバシーを理由にしての削除は妥当ではない)であるわけですが、それ以上に経済活動などの情報が別途必要ということでしょうか?どのような活動をして著名性があると認められるのかが示していただければ、それについて出典などが提示できるものもありましょうし、何が足りないのか、項目として必要だと考えている人たちにも納得の出来る形でコミュニティの合意が形成できるのではないかと考えております。。個人的にはWikipedia:ウィキペディアは何ではないか中の「ウィキペディアは名鑑ではありません」おける、「2.系譜」の「ひとつの指標としては、その人物が複数の(ネット上あるいは印刷物による)外部典拠で特集されているかどうかということが手掛かりとなります。」という例示に該当しうる、つまりWikipediaの基準における著名性を満たすのではないかという疑問があり今回の提案をさせていただいたわけですが、ほかに考慮すべきWikipediaのルールの項目や慣習による基準などがありましたらご教示いただけると助かります。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-10T15:43Z
- (コメント)ちょっと調べ回って情報を集めてきました。Wikipediaにおける存命中の人物に関する記述については以下の基準がありました。Wikipedia:特筆性 (人物)、Wikipedia:存命人物の伝記。こちらでの話し合いの一助になれば幸いです。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-10T16:28Z
- (コメント)ご意見ありがとうございます。今回の依頼ではどの程度の著名性が必要かについても併せて相談出来ればと考えておりまして、丁度その点をご指摘頂きありがとうございます。氏は現状、例えばゲームのジャケットにゲストイラストレーターとして参加したり、商業漫画単行本の帯を書くなど、地味ではありますがイラストレーター業も行われており、また、他作家の商業作品において名前や画風がネタとして用いられたりなどしており、少なくとも公式の場で名前をだされている存在(つまり名前のみをしてプライバシーを理由にしての削除は妥当ではない)であるわけですが、それ以上に経済活動などの情報が別途必要ということでしょうか?どのような活動をして著名性があると認められるのかが示していただければ、それについて出典などが提示できるものもありましょうし、何が足りないのか、項目として必要だと考えている人たちにも納得の出来る形でコミュニティの合意が形成できるのではないかと考えております。。個人的にはWikipedia:ウィキペディアは何ではないか中の「ウィキペディアは名鑑ではありません」おける、「2.系譜」の「ひとつの指標としては、その人物が複数の(ネット上あるいは印刷物による)外部典拠で特集されているかどうかということが手掛かりとなります。」という例示に該当しうる、つまりWikipediaの基準における著名性を満たすのではないかという疑問があり今回の提案をさせていただいたわけですが、ほかに考慮すべきWikipediaのルールの項目や慣習による基準などがありましたらご教示いただけると助かります。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-10T15:43Z
- (コメント)えーと、合意を得る前に項目を作ってしまった方がおられるようです。とりあえず、当座は記事を充実させる方向で自分は編集をいたしますが、項目の是非についてはノートの方に統合した方がいいかもしれません。尤も即時削除されてしまえばアレですが。あと、この復帰依頼ですが三峯氏のイベントは11月8日でした。自分の最初の投稿について22日と誤った日付が記入されておりましたので日付のみ修正しました。あしからず。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-23T18:58Z
- (賛成)現状整った記事になっていますが、個々の出典が微妙に弱く、基準を機械的に適用すれば不可と言うべきかもしれまれせん。が、既に複数媒体からの注目が示されており、掘り返せばもう少し出そうでもあり、ということで、この人物に関しては特殊な突出したケースとみなしたく思います。復帰の有用性ですが、「MUJIN 2006年7月号」に掲載された初投稿についてのコメントは、今の記事の中に繰り込むかどうかは別として、参考にしていいものではあると思いました。これまで同様今後もプライバシーには重々配慮していただきたいとお願いしつつ、復帰に賛成します。--Kinori 2010年1月18日 (月) 03:21 (UTC)
[編集] カマクラー - ノート
Wikipedia:削除依頼/カマクラーによれば、出典が提示されないまま時間が経ち、独自研究として削除されたようですが、去る10月に山川出版社から発行された書籍で言及されました(ノート:カマクラーも参照)。出典が出たので、復帰させても良いかどうか、皆様の判断を仰ぎたく、依頼を提起します。--Squidraken 2009年11月19日 (木) 12:37 (UTC)
賛成:削除依頼提出時の削除理由が消滅したため。--Himetv 2009年11月19日 (木) 17:59 (UTC)- (反対)出典が出た以前に書かれた記事であれば、それは独自研究ととられかねない、記事として相応しくないものでしょう。新たに記事を作れば良いことで、復帰を要するものとは考えられません。--Bellcricket 2009年12月3日 (木) 22:31 (UTC)
反対 削除が09年3月で、出典は09年10月であるならそれ以前の文章は独自研究となると考えられます。出典に基づいて新規投稿するべきでしょう。--アルトクール 2009年12月25日 (金) 02:10 (UTC)
賛成 仮に旧記事が独自研究であったとしても、旧記事のスタイル、構成、着眼点等を新記事作成のための参考としたり、旧記事の文章を流用することも可能です。また、旧記事も「山川出版社から発行された書籍」も、同一の情報源に拠って書かれている可能性が高いと思います。そうすると、旧記事と「山川出版社から発行された書籍」に拠って書かれる新記事の内容が、大きく乖離するとは思えません。したがって、復帰する実益があります。--ZCU 2010年1月3日 (日) 16:28 (UTC)- (反対)該当の本を見ました。漫画などをきっかけに鎌倉時代や北条氏に興味を持つ人をカマクラーといい、彼らの間では北条高時悪人論はとられていない、というにとどまります。この程度の文では、辞書的意味を超えません。該当箇所は序文にあたり、読者の関心を引き、自分のテーマが注目を引いていると説くところです。カマクラーについて説明するところではありません。ZCUさんが言う「同一の情報源」があるかどうはわかりませんが、その情報源がウィキペディアの出典にふさわしいものと思わせるような文は見当たりませんでした。この状態で復帰すれば、辞書的一文にひっかけて独自研究を盛り付けるための復帰になってしまいます。このくだりから引っ張るものとしては、北条高時に既に書かれているもので十分だと思います。--Kinori 2010年1月11日 (月) 01:44 (UTC)
[編集] 佐世保駅前郵便局 - ノート
Wikipedia:削除依頼/特筆性のない旧無集配特定郵便局における議論の結果削除されたものですが、削除された項目以外ネット上でもまとまった記述が存在していなかった沿革部分について適当な項目への記事転記のため復帰を希望します。--Atsasebo 2010年1月3日 (日) 10:34 (UTC)
コメント具体的にどこへ転記するのでしょうか?復帰して転記ですと統合になりますが、沿革のみとかであれば削除された版にある出典から再度引きなおししてはどうでしょうか。--アルトクール 2010年2月12日 (金) 04:50 (UTC)
[編集] 戦前の日本医科大学本館関連画像
以下の画像は外部サイトからの転載として、削除依頼により削除されましたが、古い写真ですので著作権が消滅している可能性があります。被写体は1922年(大正11年)に建ち、1945年(昭和20年)に焼失したそうです。
- ファイル:Syobyo2.jpeg(ノート / 履歴 / ログ) - ファイルと説明の全版が削除されています。
- ファイル:Nihonikaunibshinaruko.jpg(ノート / 履歴 / ログ) - 2009年12月18日 (金) 06:38 (UTC) 以降のファイルが特定版削除されています。
- ファイル:Syobyo2.JPG(ノート / 履歴 / ログ) - ファイルと説明の全版が削除されています。
- ファイル:Syobyo2.jpg(ノート / 履歴 / ログ) - ファイルと説明の全版が削除されています。
削除に至った審議は Wikipedia:削除依頼/戦前の日本医科大学本館関連画像 です。著作権消滅の証明等により、著作権侵害でないことが明確になった場合、復帰させてよいと思います。その場合、同一画像の重複ですので、最初にアップロードされた 1番のみ復帰させれば十分でしょう。
- 転載元サイト: (財)致道博物館 http://www7.ocn.ne.jp/~chido/
- 転載元画像の掲載頁: トピックス 平成19年 http://www7.ocn.ne.jp/~chido/topikkusunewpage4.htm
- 転載元画像ファイル: 戦前の日本医科大学本部 http://www7.ocn.ne.jp/~chido/img/syobyo2.jpg
上記、転載元画像の掲載頁によれば、被写体は「大正11年建設、昭和20年1月の空襲で焼失」しています。日本の著作権法 51条, 52条, 53条および57条によれば、保護期間は著作者の死亡(もしくは諸条件により、公表または創作)の翌年初より50年ですから、理論的には、著作権が消滅している可能性があり得ます。例えば、1959年(昭和34年)に亡くなった方の著作物は、2009年末で著作権が消滅します。あるいは、団体名義かつ撮影後50年以内に公表されなければ撮影後50年で消滅であり、件の写真は遅くとも70年史(1974年頃)で公表されたはずですから、1922年に建ってすぐ撮られたなら撮影後50年で著作権消滅済の可能性も理論上ゼロではありません。
もちろん著作権が存続している可能性も大いにあり得ますので、著作権侵害でないことの証明が必要だと思います。一か月ほど待って証明されなければ、ひとまず復帰せず終了としてよいでしょう。もし後で証明されれば、そのときに再依頼すればよいと思います。宜しくご審議の程お願いいたします。 --Kanjy 2010年1月5日 (火) 11:50 (UTC)
- (コメント)上記のとおり、依頼者は今のところ復帰に賛成でも反対でもありません。もし著作権侵害でないことが証明されれば復帰してよいと思います。 --Kanjy 2010年1月5日 (火) 11:50 (UTC)
- (コメント)復帰依頼をしていただき、ありがとうございます。お手数をかけました。
さて、この写真の被写体は「大正11年建設、昭和20年1月の空襲で焼失」しているのですから、1922年から1945年1月の間に撮影されているものと合理的に推測できます。したがって、保護期間はまずは旧著作権法の下で検討する必要があります。旧著作権法23条によれば、写真の著作物の著作権は発行年(発行が無かった場合は種板の製作年)の翌年から10年間継続することとなっていました。そこで、本件写真の保護期間を検討すると、最も遅い1945年1月に撮影(種板が製作)されたと仮定すると、仮に発行が無かった場合は1955年12月31日をもって著作権が消滅しますし、1955年にやっと発行されたと仮定しても、1965年12月31日をもって保護期間が満了します。結論として、本件写真の著作物の日本法の下での保護期間は、既に満了しているものと断定して構わないだろうということです。
次に検討しなければならないのは、米国法の下で保護期間が満了しているか否かです。これについては、後日とさせていただきます。--ZCU 2010年1月6日 (水) 14:45 (UTC)- (コメント)次に米国法に基づく保護期間について検討します。Kanjyさんのご指摘どおり、転載元サイトの記述によれば、この写真は「目でみる日本医科大学70年史」から転載されているようです。日本医科大学のウィキペディア記事によれば、日本医科大学の創立年は1904年とのことですので、「目でみる日本医科大学70年史」は1974年には出版されているものと推定できます(遅れた可能性も十分にありますが、1979年以降となることは考えにくいでしょう)。米国法に基づく著作権保護期間を調べるには、コーネル大学のパブリック・ドメイン・チャートが参考になります。これまでの推定により、本件写真は、チャートのWorks First Published Outside the U.S. by Foreign Nationals or U.S. Citizens項目のWorks Published Abroad Before 1978項目に該当することになります。また、public domain in its source country as of 1 January 1996は、日本法における著作権保護期間は遅くとも1965年までですから、Yesとなります。最も問題となりそうなのは、必要な方式(formal notice of copyright be included in the work; registration, renewal, and deposit of copies in the Copyright Office; and the manufacture of the work in the US)が履行されていたかどうかですが、「目でみる日本医科大学70年史」出版の目的からして、このような面倒な方式を履行してまで米国内での保護を受けようとする動機が見当たりません。したがって、チャートにおけるPublished without compliance with US formalities, and in the public domain in its source country as of 1 January 1996に該当する可能性が最も高く、In the public domainという結論が得られます。--ZCU 2010年1月17日 (日) 13:43 (UTC)
- (賛成)以上のことから、復帰してもよいと考えます。復帰された後は、ファイルページに著作権表示テンプレート{{PD-old-USJP}}を貼付することとなります。--ZCU 2010年1月17日 (日) 13:43 (UTC)
- (賛成。Nihonikaunibshinaruko.jpgのみ反対)著作権期間についてはZCUさんの解説で納得できましたので、3画像の復帰に賛成します。版は初版のみでも全版でもよいです。しかし、Nihonikaunibshinaruko.jpgは、もともとHykw-a4さんがアップロードした現在の建物の画像に、同名でMasato Koizumi さんが古い建物の別ファイルを上書きしたものです。同名アップロードをすると、前の画像はおしのけられ、使えなくなります。前の画像をアップロードした人に失礼であるばかりでなく、使用される記事ページと、画像ページの両方で履歴を読み解くことを困難にし、混乱の元です。必要なら別名でアップロードすべきです。--Kinori 2010年1月18日 (月) 03:54 (UTC)
- (賛成。Nihonikaunibshinaruko.jpgのみ反対)ZCUさん及びKinoriさんに同意します。またNihonikaunibshinaruko.jpgの新版については別名でのアップロードを支持します。この意見はNihonikaunibshinaruko.jpgの復帰に関して著作権について問題があるとするものではなく、失われる画像が最も少ないものになる方法を支持しているものであることを申し添えます。--Himetv 2010年2月12日 (金) 23:50 (UTC)
[編集] 有馬もと - ノート
削除依頼:
- 2010年2月10日 (水) 17:40 Miya (会話 | 投稿記録) 「有馬もと」を削除しました � (WP:CSD#記事1 定義なし: 2010-02-10T17:17:47Z by 61.205.233.251(hearingdog.st.wakwak.ne.jp) 内容: '{{sdnd}} 有馬もと ((福)日本聴導犬協会のHPおよび有馬もと個人のHP、ブログの)
- 2008年7月23日 (水) 16:04 Co.kyoto (会話 | 投稿記録)
前回の著作権法に触れるということでの削除については、この前の復帰依頼で、本人に著作権がある旨、弁明をいたしました。ご理解をいただけたと存じます。 今回は「本人からの掲載ができない」ということでしたので、本人以外(出版関係者)からの掲載をいたしますので、「有馬もと」を、削除カテゴリーからはずしておいていただきたい旨のお願いです。 有馬もと自身は、プロのジャーナリストであり、新聞等にもコメントを載せていただいております。著作物も多数ございます。よろしくお願い申し上げます。—以上の署名の無いコメントは、61.205.233.251(会話/Whois)さんが[2010年2月11日16:55(UTC)]に投稿したものです(Carkuniによる付記)。
- (コメント)Wikipedia:削除の復帰依頼/ヘッダから転記のうえ整形いたしました。
- 復帰削除カテゴリからはずして頂きたいとの依頼でこの依頼ページの主旨と異なりますが、どのようなご依頼なのでしょうか。ご説明をお願いいたします。
- 私の推測ですが、削除依頼以下にある記録をはずしてほしいという旨でしょうか。再作成は可能となっており、ウィキペディアに掲載して問題ないものであれば再作成可能です。この依頼では、復帰の対応をすることはできかねます。--Carkuni 2010年2月12日 (金) 01:51 (UTC)
- (反対)「この前の復帰依頼」が過去ログに見つけられません。いつごろ、どこでなされたのでしょうか。Wikipedia:削除依頼/有馬もとの時の転載元は書店と大学のサイトでしたので、簡単な弁明で理解が得られるとは思えないのです。著作権がクリアされているというなら、問題なく再作成できると思いますので、復帰には反対します。が、その場合でも投稿前にWikipedia:自著作物の持ち込みに目を通しておくとよいかもしれません。--Kinori 2010年3月9日 (火) 13:23 (UTC)
[編集] ユニー・アピタ個別店記事 - ノート
スーパーの個別店は記載しない…と書かれていますが、同レベルの競合他社ジャスコシティ八事ジャスコシティ南陽やイオン熱田ショッピングセンター、イオン有松ショッピングセンターなどは記載されており、バランスに欠け、客観性として愛知県の商業施設、愛知県のショッピングセンターなどの項目のバランスが著しく狂って来ています。 もし、この削除を継続するならばイオングループなどについても同様に個別のショッピングセンターなどは完全に削除しないと客観性が保てないと思います。—以上の署名の無いコメントは、218.221.228.221(会話)さんが 2010年2月16日 (火) 17:06(UTC) に投稿したものです(Aquamarin456 2010年2月20日 (土) 02:40 (UTC)による付記)。
- (コメント)最上段に依頼がつけられていましたので適切な場所に移動しました。--Aquamarin456 2010年2月20日 (土) 02:40 (UTC)
[編集] 大坪賢次 - ノート
「大坪賢次」は多くの人が知りたがっている人物ですが、これまでウィキペディに掲載されていませんでした。 有用な記載内容であったにもかかわらず、削除されてしまいました。 記載項目は正確で、非常に有効なので、復帰を希望します。 --—以上の署名の無いコメントは、Kenji Otsubo(会話・履歴)さんが 2010年2月24日 (水) 17:17 に投稿したものです(kyubeによる付記)。(kyube注:左記時刻は当初「Wikipedia:削除の復帰依頼/ヘッダ」に書き込まれた時刻)
- (コメント)対象がWikipedia:自分自身の記事をつくらないに抵触しています。Wikipedia:特筆性 (人物)を示す資料が提示できるのであれば、記事を作成しても削除されることはないと考えますが、「Wikipedia:自分自身の記事をつくらない」があるためご自身で作成することは余りお勧めしません。削除ログに記載されている文面からは復帰すべきかどうかまでは判断できかねます。 kyube 2010年2月24日 (水) 17:38 (UTC)
- (対処)裁量で復帰し、Wikipedia:削除依頼/大坪賢次を出しました。そちらでの審議によって最終的に削除されるかどうか決まります。(「自分自身の記事をつくらない」は厳格な禁止事項ではありませんが、過去の例からは、自分自身の記事を気分よく編集できる可能性は、とても小さいです。利益にならず、ストレスがたまるばかりです。)--Kinori 2010年3月9日 (火) 02:55 (UTC)
[編集] ニューロング株式会社 - ノート
著作権侵害を理由に削除依頼に出されたため、削除されてしましました。 記事の概要文を編集・修正し、当該HPに「※Wikipediaに上記記述を投稿しています。」を記載しました。 会社概要 復帰を希望します。 削除依頼: Wikipedia:削除依頼/ニューロング株式会社--Nl-pbr 2010年2月25日 (木) 00:52 (UTC)
- (コメント)まず用語の確認なのですが、この依頼ページで扱う「復帰」とは、単に原状回復を指す言葉ではなく、システム的に削除された過去の版を参照可能な状態に戻す、という作業を指します。今回の場合、既にNl-pbrさんにより記事が再投稿されていますので、特に復帰作業は必要ないように思います。--cpro 2010年2月25日 (木) 05:06 (UTC)
- (コメント)ご指摘ありがとうございます。再投稿→復帰と勘違いをしておりました。お手数お掛けいたしました。以後気をつけます。
なお、「削除の復帰依頼」版への書き込みは、消去した方がよろしいでしょうか。--Nl-pbr 2010年2月26日 (金) 13:30 (UTC)
-
- (終了)復帰の必要がないものとして終了しました。この依頼はそのままにしておいてください。告知の意味であと一週間ほど残します。--Kinori 2010年3月9日 (火) 02:26 (UTC)
[編集] 激突要塞 - ノート、激突要塞! - ノート
宣伝目的とのことで議論なしに削除されましたが、同種の記事は他にも存在しています。またことさら誇張された記述があったようにも思えません。復帰をお願いします。--124.99.254.236 2010年3月6日 (土) 07:24 (UTC)
- (対処)内容的に「宣伝」ではなく、これをいきなり削除するのは妥当ではないと思いました。ただ、百科事典に掲載するに値するかはなお議論の余地があるとも思いましたので、裁量で復帰して、Wikipedia:削除依頼/激突要塞!を提出しました。ただし、いたずらで即時削除された1版は抜かしています。また、リダイレクトの激突要塞も復帰しませんでした。もし削除依頼が存続終了したら、どなたでも再作成してください。--Kinori 2010年3月9日 (火) 03:32 (UTC)
[編集] ラクシュミ・タトマ - ノート
プライバシー侵害で削除されましたが、この人はマスコミに出ている有名人です。復帰をお願いします。--RHDIA 2010年3月9日 (火) 01:55 (UTC)
- (反対)Wikipedia:削除依頼/ある一般人の項目20100213をよればGFDL違反なども削除理由に含まれている。マスコミに出れば有名人であると錯覚してはならない。--hyolee2/H.L.LEE 2010年3月9日 (火) 02:19 (UTC)
- (復帰に賛成)Wikipedia:削除依頼/ある一般人の項目20100213でも述べましたが、本件はGFDL違反ではありません。--雛鳥(Hinadori) 2010年3月9日 (火) 02:33 (UTC)
- (コメント)Wikipedia:削除依頼/ある一般人の項目20100213 により 2010年3月7日 (日) 03:47 (UTC) で削除された版ではなく、おそらく、その後に立項されて 2010年3月8日 (月) 08:32 (UTC) で即時削除されたスタブ記事のことだと思います。即時削除テンプレートが貼られていた版に見覚えがあり、GFDL 不備はなかったように思います。大人が本人の意志でマスコミに出ているのであればプライバシー侵害ということにはならないのですが、当人は子供さんだけに判断が難しいですね。--Su-no-G 2010年3月9日 (火) 02:38 (UTC)
反対 GFDL 上の問題が無いとしても、存命人物の伝記に鑑みてこの人物の立項自体の賛否が分かれるため。一回目の削除が執行された理由(GFDL 問題かプライバシーか)は明確ではありませんが、緊急削除の票が複数入っていること、執行した管理者が「ノートでの議論後、掲載が適切との判断になれば」復帰すべきと述べていることから、単純に再投稿できる記事でないことは明らかです。Wikipedia:ウィキプロジェクト 人物伝などで議論し、合意を固めてから復帰依頼や再投稿を行うべきです。- NEON 2010年3月9日 (火) 03:14 (UTC)
反対 Wikipedia:削除依頼/ある一般人の項目20100213の依頼及び削除後作成された版に即時削除テンプレートを貼り付けたものですが、Wikipedia:削除依頼/ある一般人の項目20100213にて削除された時の要約欄には「プライバシー侵害のおそれ」とあり、容易に再作成するべき内容ではないと考えます。現状では再作成及び復帰には明確に反対します。なお即時削除された版には、GFDLの不備等の問題は見つけられませんでした。--Vigorous action (会話/履歴) 2010年3月9日 (火) 08:07 (UTC)- (反対、ただしGFDL案件として)英語版からの履歴不継承として削除された記事であり、その判断が覆えされていないため。ただし、特筆性及びプライバシー案件については英語版削除依頼「en:Wikipedia:Articles for deletion/Lakshmi Tatma (2nd nomination)」の判断を支持し、再作成及び再翻訳については問題ないものと考えます。--Himetv 2010年3月9日 (火) 11:54 (UTC)
- (コメント)この人がダメなのに人魚宝宝などの人達の記事があるのはおかしいです。ぜひ再作成させてください。--RHDIA 2010年3月9日 (火) 14:26 (UTC)
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- (コメント) 上記の記事の場合、死去後に記事が作成されておりWP:BLPに該当しない。現状では本人が機微情報を積極的に開示しているとは思えない。本人が機微情報を積極的に開示して著名活動を行うか死去するまでは、本人が望んでいないと推測する必要があります。報道機関が報道したからといって、著名人でもない私人のプライバシーを侵害する恐れのある記事を作成する必要性はない。存命中であれば、「聖母マリアは処女懐妊して、イエス・キリストを出産した。」であるとか。「マグダラのマリアは、娼婦であったがイエス・キリストとの出会いにより改心したと言われている。」などと記載する事も出来ないと考えます。たとえWP:Vを満たしていても、書かない良識ってのもあっていいと思います。--Vigorous action (会話/履歴) 2010年3月9日 (火) 15:29 (UTC)
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| Trener Lille: porażka z Liverpoolem to dla nas nauka |
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- Staraliśmy się, ale Liverpool w ogóle nie pozwolił nam na kontrolowanie gry. Poza tym brakowało nam umiejętności technicznych - przyznał samokrytycznie szkoleniowiec Lille, Rudi Garcia po tym, jak jego zespół przegrał w 1/8 finału Ligi Europejskiej z The Reds.
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| Benitez: Torres wykonał świetną robotę |
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- Torres wykonał fantastyczną robotę, jestem z niego dumny - powiedział szkoleniowiec Liverpoolu, Rafael Benitez po wygranym 3:0 spotkaniu 1/8 finału Ligi Europejskiej z Lille.
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| Mediolan - San Remo: Armstrong zrezygnował |
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Siedmiokrotny zwycięzca kolarskiego wyścigu Tour de France. Amerykanin Lance Armstrong wycofał się z udziału w sobotnim klasyku Mediolan - San Remo tłumacząc się ostrą dolegliwąścia przewodu pokarmowego.
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| Śląsk gotowy do meczu z Legią |
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Bez kontuzjowanego Amira Spahica, ale najprawdopodobniej z Sebastianem Milą w pierwszym składzie przystąpią do meczu z Legią Warszawa zawodnicy Śląska Wrocław. W roli szkoleniowca stołecznej drużyny zadebiutuje w ekstraklasie Stefan Białas.
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| Były trener Sosnowskiego: on zgodził się tylko dla pieniędzy |
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Ukrainiec Lubomir Palamar, który przez trzy lata był trenerem Alberta Sosnowskiego, uważa, że Polak zdecydował się na walkę z Witalijem Kliczką tylko dla pieniędzy. Bokser z Warszawy ma zarobić milion dolarów.
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