V2ロケット - Wikipedia

V2ロケット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ペーネミュンデの記念館にあるA4の実物大の模型

V2ロケットは、第二次世界大戦中にドイツが開発した世界で最初の軍事用液体燃料ロケット(弾道ミサイル)であり、宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスが命名した報復兵器第2号(Vergeltungswaffe 2)を指す。この兵器は大戦末期、主にイギリスベルギーの目標に対し発射された。開発名称の Aggregat 4(略号:A4)も知られている。

目次

[編集] 開発

1927年に結成されたドイツ宇宙旅行協会Verein für Raumschiffahrt)は、宇宙旅行を夢見て1929年頃から液体燃料ロケットを研究していた。ヴェルサイユ条約で大型兵器の開発を禁止されていたヴァイマル共和国の陸軍は、1932年に同協会が開発中の液体燃料ロケットを長距離攻撃兵器として発展させる可能性に注目、ヴァルター・ドルンベルガー (Walter Dornberger) 陸軍大尉は、資金難に悩むアマチュアの研究者ヴェルナー・フォン・ブラウンらの才能を見抜き、陸軍兵器局の液体燃料ロケット研究所で研究を続けることを彼に説いた。

フォン・ブラウンらはそれに応じ、1934年12月、フォン・ブラウンはエタノール液体酸素を推進剤とする小型の A2 ロケット(質量500kg)の飛行実験で新たな成功を収めた。

1936年までにはチームは A2 ロケットの開発計画を終了し、新たに A3 と A4 の開発に着手していた。後者は射程距離175km、最大高度80km、搭載量約1トンとして設計された。フォン・ブラウンの設計するロケットが兵器としての現実味を帯びつつあることは明らかであり、ドルンベルガーは実験規模を拡大し、かつ研究活動を秘匿するため、開発チームをベルリン近郊のクマースドルフ陸軍兵器実験場 (Heeresversuchsanstalt Kummersdorf) からドイツ北部バルト海沿岸のウーゼドム島に新設したペーネミュンデ陸軍兵器実験場 (HVP) に移した。

A4 の約1/2スケールモデルのA3は全4回の打上げに全て失敗したため、A5 の設計が始められた。このヴァージョンは完璧な信頼性を備え、1941年までには開発チームは約70基のA5 ロケットを試射していた。

最初の A4 は1942年3月に飛行し、およそ1.6km 飛んで海中に落下した。2回目の打上げでは高度11.2km まで飛行して爆発した。
1942年10月3日に行われた3回目の打上げで成功し、ロケットが完全な軌跡を飛び、宇宙空間に突入した初の人工物体となって 192km 先に落下した。

1940年頃よりイギリス軍情報部は写真偵察からこの兵器開発に気付き、1943年8月にペーネミュンデを爆撃した(ハイドラ作戦)。このため、同年11月より生産テスト・発射訓練部隊を内陸部奥深い武装親衛隊演習場のハイデラガー(Heidelager)(現ポーランドのブリツナ Blizna)に移した。1944年5月には、試射されたミサイルポーランド人レジスタンスブク川の土手から回収し、極めて重要な技術的詳細をイギリスに伝えたこともあり、連合軍はペーネミュンデを何回か爆撃し、研究と生産を遅延させた。

ドルンベルガーは、当初よりトラクター牽引式の発射装置を想定し、ロケットサイズを鉄道、道路輸送できるような範囲に留めることを設計条件としていた。アドルフ・ヒトラーは地下発射陣地建設に拘ったために、最初の地下発射陣地建設は、カレー近くで1943年に開始されたが、イギリスは直ちにこれを爆撃して破壊した。この一連の作戦はクロスボー作戦 (Operation Crossbow) としてよく知られている。

このために地下発射陣地建設計画が破棄され、ミサイル、人員、機器、燃料の為に約30台の各種車両から成る技術部隊、発射部隊が編成された。ミサイルは工場から射場近くに鉄道輸送され、運搬車 (Vidalwagen) に載せ換え、射場へ道路輸送され、弾頭が取り付けられた後に発射部隊がミサイルを発射台兼用車 (Meilerwagen) に移し、液体燃料を注入して発射した。

ミサイルは事実上どこからでも発射することが可能で、カモフラージュの観点から特に森林の道路上から好んで発射された。射場の決定から発射までに要する時間は、4 - 6時間程度だった。ミサイル発射部隊は機動的で小部隊だったため、発射・運搬車両は一度として敵空軍に捕捉されたことはなかった。

なお、ドイツの報復兵器のうち、V1は空軍が所管・推進したのに対して、V2は陸軍が所管した。これは、V1が飛行爆弾で「無人の戦闘機」とみなされたのに対して、V2はロケットで「巨大で高性能な砲弾」と考えられたからである。

[編集] 生産・発射

V2は、ドイツ中部のノルトハウゼン近郊の岩塩採掘抗を利用した工場で生産された。ドーラ (Mittelbau-Dora) と名づけられた強制収容所の労働力が生産にあたった。約10,000人の労働者が過労と警備員の手で殺された。奴隷労働者の多くはフランスとソ連の戦争捕虜であった。

最初に運用段階に達したのは第444砲兵大隊であった。1944年9月2日、彼らは当時解放されたばかりのパリに向けてロケット発射攻撃を開始すべく、ベルギーの近くのホウファリーゼの近くに発射基地を設営した。翌日第485砲兵大隊がロンドン攻撃のためにハーグに移動した。数日間は打ち上げは失敗に終わったが、9月8日両部隊とも発射に成功した。

これらは氷山の一角である。続く数ヶ月間に発射された総数は、次の通りである。

岩塩採掘の洞穴に設置された生産ライン
ドーラの焼却炉

1945年3月3日連合軍はハーグ近郊の V2 と発射設備を大規模爆撃で破壊しようと試みた。しかし、航法の誤差のため Bezuidenhout 区域が破壊され、500人の市民が死亡した。

V2 は、軍事的には効果は限定的であった。誘導システムは初歩的過ぎて特定の目標を狙うことはできなかったし、コストは概ね4発で爆撃機1機に匹敵した。爆撃機はかなり正確に攻撃でき、より長距離を飛べ、遥かに多い弾頭を運搬できたし、繰り返し使用できた。そうはいっても、V2 はかなりの心理的効果をもたらした。爆撃機や、特徴的な唸り音を発するV1飛行爆弾と違って、V2 は音速以上で飛来し、着弾の前に何の警告も無かったし、当時存在したいかなる兵器を用いても迎撃は全く不可能だったので、ドイツにとって有用な兵器でありえたのである。特にロンドン市民は連日の攻撃に、多大な不安に晒され、市街地への被害も甚大であった。

但し迎撃不可能であるがゆえに、連合軍はV2の攻撃を阻止するためには、元の発射基地を制圧する必要を生じ、かえってドイツへの侵攻を早める動機づけになった。そういった意味で、ドイツの敗北を早めた兵器であるとも言える。一方、同じ報復兵器であるV1飛行爆弾は、低速で迎撃が可能であり、それゆえに連合軍は迎撃のために戦力を割かねばならず、そういった意味でV2より戦略効果があったとも言える。

上記の欠点を嫌ったアルベルト・シュペーアはより小型で、使い勝手のいい兵器の開発を望んでいたが大兵器の発明による戦局打破にこだわっていたヒトラーに押し切られてしまい、製造し続ける羽目になってしまった。

[編集] 戦後の V2 の利用

アメリカの「バンパー」の試射 (1950年)

戦争の末期には、V2ロケットと技術者たちをできるだけ多く獲得するレースが行われた。アメリカ軍ペーパークリップ作戦の下で貨車300両分の V2 とその部品を捕獲し、オルガー・N・トフトイ大佐は、ジョージ・パットン大将率いる第3軍に投降したフォン・ブラウンやドルンベルガー将軍をはじめとする126人の主要な設計技術者をアメリカに連れ帰った[1]。その後数年間、アメリカのロケット計画は未使用の V-2 ロケットを活用して進められた。これらの改良型 V-2 のひとつである2段式の「バンパー」は、1949年2月24日の試験飛行で当時の高度記録である400kmを達成した。

フォン・ブラウンはアメリカ陸軍のレッドストーン兵器廠で勤務し、1950年からはアラバマ州ハンツビルに住む。ほどなく彼はレッドストーンジュピタージュピター-Cパーシングそしてサターンなど、殆どすべてのアメリカのロケットの生みの親となったのである。

ソ連もまた多数の V2 ロケットと250人余りの技術者を捕らえた。元共産党員の妻を持つヘルムート・グレトルップ(Helmut Gröttrup) がこのグループを率いた。彼らはドイツ国内でロケット研究を継続できるという条件でソ連軍に協力したが、1946年にソ連は突如彼らをソ連国内の孤島 (Goromlia) に隔離収容して、V2 ロケットをもとに多くの新しいミサイルの開発を行なわせた。しかし、ドイツ人の設計によるものは一つも生産されたものはなかった。1950年代にソ連の技術者が十分な経験を積むと、ドイツ人技術者は東ドイツに帰国させられた。

ドイツ人技術者のノウハウをもとに、ソ連が開発したミサイルにはV-2のコピーR-1、射程延伸型R-2、R-3(計画のみ)、ソ連で最初に核弾頭を搭載したR-5およびR-5M(NATO名SS-3 Shyster)などがある。スカッド(NATO名 SS-1b/c SCUD。ソ連名称 R-11およびR-17。)ミサイルはそれらの技術から発展した戦術ミサイルである。

同様にイギリスは少数の V2 ミサイルを捕獲し、いくつかを北ドイツの射場でバックファイア作戦として打ち上げた。しかし、作戦に関係した技術者はすでに、試験発射の完了後にアメリカに移ることに合意していた。バックファイア作戦の報告は、あらゆる支援手順、専用の車両そして燃料合成を含む広範囲な技術文書を残した。

[編集] 詳細技術

V2 の射程距離は約1,000kgの弾頭でおよそ300kmであった。 そのほかの仕様は次の通り:

V2 はアルコールエタノール)ととの混合燃料と酸化剤液体酸素を推進剤とした。燃料ターボポンプは過酸化水素により駆動された。水とアルコールの混合物は重量軽減のためアルミニウムの燃料タンクに貯蔵されたが、アルミニウムは稀少かつ高価であったため、ドイツの戦時経済にとっては大きな負担であった。

燃料は主燃焼機の壁を通してポンプで運ばれた。これは混合燃料を予熱すると同時に燃焼機を冷却して、過熱による溶融を防ぐためである。そして燃料はアルコールと液体酸素の混合比が常に適切になるように、いくつかのノズルを通って主燃焼室に運ばれた。

燃焼ガスの向きを制御し、ロケットの飛んでいく方角を変えるための推力偏向板(ジェットベーン、Jet vane)方式には、現在大気圏外を飛行するロケットで主流の、ロケットエンジンのノズル全体の向きを変えるジンバル機構方式に比べると、燃焼ガスの運動エネルギーロスが大きいという欠点がある。しかし機構がごく簡単なために当時の工作技術でも無理がなかったため、合理的な選択であった。

後期の V2 には誘導電波、すなわち目標に対してミサイルを誘導するために地上から送信する電波信号を用いるものもあったが、初期モデルはロケットの方位を合わせるための単純なアナログコンピュータを用いた。飛行距離は残燃料量で計算され、燃料が燃焼完了すると、ロケットは加速を停止し、程なく放物線飛行カーブの頂点(約80km)に達した。

作戦用のV2は大抵何種類かの迷彩パターンで塗装されたが、終戦近くには全面オリーブグリーン色塗装も見られた。試験中には、ロケットは特徴的な黒白の市松模様で塗装され、ロケットが自身の長軸を回転軸としてスピンしたかどうか判断できるようにされた。

[編集] その他

[編集] フィクション

[編集] 漫画

  • コミック版『新・旭日の艦隊』(飯島祐輔)において、海上要塞「クレーブス」に搭載。発射されないまま特殊部隊によって破壊された(原作では艦砲射撃による破壊)。

[編集] 小説

V2はトマス・ピンチョンの長編小説『重力の虹』で重要な役割を果たす。

[編集] 架空戦記

架空戦記の中ではかなり有効な兵器として見られる場合が多く、V2 やその発展型が核兵器を搭載し、イギリス本土やアメリカ本土、あるいは日本本土まで攻撃することがある。一方で正史ではあまり効果がなかったため、開発を縮小、中止にして核兵器やその他の兵器に力を注ぐという作品もある。

『逆撃シリーズ・ドイツ編』(柘植久慶)において、核弾頭装備のV2を発射する計画が発動したが、ハインリヒ・ヒムラーの妨害により頓挫している。

[編集] 音楽

  • 小室哲哉YOSHIKIからなる音楽ユニット「V2」も、V2ロケットから由来する。ネーミングは小室哲哉によるもので、他に飼い犬を「ユンカース」と命名するなど、彼がドイツ軍マニアであるためだという。
  • ローリングストーンズキース・リチャーズは、自分の出生をインタビューで語るときに、よく「ヒトラーのミサイル(V2)がかすめる横で生まれた」とウィットにとんだ発言をしている。

[編集] 映画

  • クロスボー作戦(原題:Operation Crossbow)、Metro-Goldwyn-Mayer,1965年製作

ベルギーの漫画「タンタンの冒険」シリーズの作品『タンタンの冒険 めざすは月』(Objectif Lune/Destination Moon)および『タンタンの冒険 月世界探検』(On a marché sur la Lune/Explorers on the Moon)に登場する月ロケットは、一見、A4そっくりである。両機の機体表面に描かれているチェック模様が酷似している為だが、これは当時まだ、打ち上げ発射台に乗せたロケット機体の傾き誤差をセンサーで自動検知する技術が確立されていなかった為である(人の視力で、遠方からそれを事前にチェック・把握するしか術が無く、それを少しでも円滑に行い易くする様、機体にチェック模様が塗られていた)。戦後、アメリカが開発した宇宙開発用ロケットの初期段階の機種でも、同じ様な模様を暫く描いて運用されていた。ロケットの表面にチェック模様が描かれるのがごく当たり前の時代に創作されたが為、前述の作品でも同じくそういうデザインが採り入れられたと思われる。

米映画「スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー」(2004)の最後の場面に登場するロケットも、V2の形をしている。

[編集] 参考文献

  • ヴァルター・ドルンベルガー『宇宙空間をめざして・V2物語』松井巻之助(訳)、岩波書店、1967年
  • 野木恵一『報復兵器V2』朝日ソノラマ、1983年
  • Werner Oswald: Kraftfahrzeuge und Panzer der Reichswehr, Wehrmacht und Bundeswehr, Motorbuch, 1995, ISBN 3-87943-850-1
  • Wolfgang Fleischer(クマースドルフ陸軍兵器実験場): Die Heeresversuchsstelle Kummersdorf, Podzun-Pallas Verlag, 1995, ISBN 3-790-90556-9
  • クルト・マグヌス『ロケット開発収容所・ドイツ人科学者のソ連抑留記録』サイマル出版会、1996年、ISBN 4-377-31074-7
  • Micheal J.Neufeld(ペーネミュンデ陸軍兵器実験場): The Rocket and the Reich ,Peenemünde and the Coming of the Ballistic Missile Era, Free Press, 1995, ISBN 0-02-922895-6
  • Tracy Dungan: V-2: A Combat History of the First Ballistic Missile, Westholme Publishing ([1]) 2005, ISBN 1594160120

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ "A Memoir of MG Tofoy by a West Point Classmate" (英語). Redstone Arsenal Historical Information. レッドストーン兵器廠. 2007年8月18日 閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ


Warning: curl_setopt() [function.curl-setopt]: CURLOPT_FOLLOWLOCATION cannot be activated when in safe_mode or an open_basedir is set in /www/motocykle_www/spam/jp/richFeeds.php on line 59

Eksperymenty ze szkolnej klasy na YouTube
Brytyjska organizacja rządowa Training and Development Agency (TDA) zachęca nauczycieli do umieszczania lekcji nauk przyrodniczych na YouTube.
Polskie tłumaczenie interfejsu Visual Studio
Dzięki współpracy ze studentami Politechniki Wrocławskiej, Microsoft przygotował narzędzie służące do tłumaczenia na język polski elementów interfejsu programu Visual Studio 2008.
Niedługo pierwsza beta Windows 7
Pierwsza beta nowego systemu operacyjnego Microsoftu, Windows 7, dostępna będzie jeszcze przed 13 stycznia 2009 roku – można dowiedzieć się ze strony MSDN Developer Conference.
Święta – logistyczny problem sklepów internetowych
W grudniu prawdopodobnie padnie kolejny rekord sprzedaży przez Internet. I jak co roku pojawi się problem z logistyką. Czy polski e-biznes jest skazany na takie problemy?
Powstanie Pomorska Biblioteka Cyfrowa
Pomorska Biblioteka Cyfrowa – dzieło powołane do życia z inicjatywy Politechniki Gdańskiej – otrzymała dofinansowanie na rozwój działalności.
Linki: Strona gwna