帝都高速度交通営団 - Wikipedia

帝都高速度交通営団

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駅入口に掲げられていた "S" を図案化した団章 (撮影時は民営化直前のため、団章・「地下鉄 SUBWAY」の表示がシールになっておりシールをはがすと団章は東京メトロのハートMに、「地下鉄 SUBWAY」は「東京メトロ Tokyo Metro」となっている)
団章が入った6000系車両

帝都高速度交通営団(ていとこうそくどこうつうえいだん)は、主として東京都区内(東京23区)の地下鉄を運営するためにかつて存在していた特殊法人鉄道事業者)である。略称は交通営団(こうつうえいだん)または営団(えいだん)。

特殊法人の鉄道事業者として「営団地下鉄」を運営していたが、2004年4月1日東京地下鉄株式会社法の施行により、一切の権利及び義務、設備、車両を東京地下鉄株式会社(愛称:東京メトロ)が継承したことで、営団は廃止、解散した。

目次

[編集] 概要

帝都高速度交通営団は第二次世界大戦日中戦争)中に国家による統制管理のために設置された経営財団、いわゆる「営団」の一つである。同法人が運営する地下鉄路線を営団地下鉄通称していたため、「営団地下鉄」という企業名称であると思われることもあり、後に帝都高速度交通営団が発行するプリペイドカード等には「営団地下鉄」の通称が表記されていた。

戦後、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の指令により同法人以外の営団が解散もしくは公団へ移行したため、同法人の解散まで単に「営団」と言えば「帝都高速度交通営団」を指すことが殆どであり、営団線と言えば、その地下鉄路線全体を指していた(公式には使用されないものの、現在でも使われることがある)。ロゴ表記は「地下鉄 SUBWAY」であった。このため、東京で単に「地下鉄」という場合は営団地下鉄の路線を指す場合が多く、「営団○○線」や「地下鉄○○線」といった呼称が多用された(後者は現在も使用されている)。これに対し、東京都交通局が運営する都営地下鉄は、現在に至っても「都営線」「都営○○線」という呼称が使用されることが多い。なお、英語表記はTeito Rapid Transit Authorityで、TRTAという略称もあった。

なお、法人名の中にある「帝都」とはかつての大日本帝国の首都、すなわち東京のこと、「高速度」とは新幹線のような高速鉄道の意味ではなく、かつて市内交通の主役であった路面電車に対して高速という意味である(都市高速鉄道)。

1941年3月に公布された帝都高速度交通営団法に基づき、東京府東京市1943年東京都制施行に伴い東京都になる)及びその付近の“地下都市高速度交通事業”を目的として1941年7月4日設立。同年9月1日、日中戦争中の運輸統制のため、陸上交通事業調整法1938年8月施行)により現在の銀座線を運営していた東京地下鉄道及び東京高速鉄道を統合、路線を譲り受けた。

なお、特殊法人ではあったが、当時から日本民営鉄道協会(民鉄協)に加盟していた。そのため、いわゆる大手私鉄の一員であったが、運輸省(後に国土交通省)の統計などでは別に扱われていた。また労働組合日本私鉄労働組合総連合会(私鉄総連)に加盟していた。

[編集] 4S

営団の団章(シンボルマーク)はSを図案化したものとなっており、地下鉄 SubwayのSの他に以下の4つのSのつく語 (4S) を意味し、営団の基本理念だった。

  • Safety 安全
  • Security 正確
  • Speed 迅速
  • Service サービス

営団発足から1960年までは、丸にトンネルの断面とレールを配したものが団章として使われていた。Sを図案化したマークは営団初の開業路線である丸ノ内線のシンボルマークとして同線開業前年の1953年に初めて登場し、1960年に正式に団章となった。

東京地下鉄への移行の際に、この「4S」の団章を継続して欲しいという意見が多数あったが、結局メトロ (METRO) のMを抽象・図案化した「ハートM」のシンボルマークを採用した。ただし、この団章の日本での商標権は現在も東京地下鉄が保有している(商標登録第3077244号ほか全3件[要検証])。また、「帝都高速度交通営団」「営団地下鉄」も民営化直前に日本において商標登録を出願し、民営化後に登録されている(それぞれ商標登録第4796893号、第4796894号)。

[編集] 営団地下鉄が保有し運営していた路線

(2004年3月31日時点・初区間の開業順)

[編集] 営団地下鉄が保有していた車両

既に営業運行を終了した車両も含む。

[編集] 営団地下鉄が原因となった事故

1968年1月27日 日比谷線六本木駅神谷町駅を走行中の東武鉄道2000系回送列車が火災で運転不能となり、6両中1両が全焼、1両が半焼。乗務員と消防士11名が負傷した。乗客は、床下からの発煙が認められた六本木駅で全員降ろされたために無事であった。

1972年11月27日 同じく日比谷線の下り電車が広尾駅手前600mの地点で異常停止、起動不可能となり同駅で運転を打ち切った後、側線での点検中に床下機器から出火。職員の慎重な判断により死傷者は出ていない。この事故は、同年同月の6日に国鉄が起こした北陸トンネル火災事故の直後のもので、同事故と明暗を分ける形になった。

1978年2月28日 東西線葛西駅南砂町駅(当時西葛西駅は未開業)の荒川中川橋梁上にて強風が原因で車両が脱線・横転する事故が起きており、20数名が負傷した。

2000年3月8日 日比谷線中目黒駅付近で電車がせり上がり脱線を起こし、対向電車と衝突し大破した。死者5名。営団日比谷線脱線衝突事故も参照。

営団地下鉄が原因となった事故で、旅客の死亡を生じたのは後にも先にもこの一度のみである。

但し、職員のみの死亡事故ならば、1998年3月11日千代田線代々木公園駅代々木上原駅間にて線路上を背行歩行していた職員4人のうち3人が営業運転終了後の回送電車にはねられ死亡する事故が起きている。

[編集] 営団地下鉄が舞台となった重大事件

1963年9月5日、一連の「草加次郎事件」中、最も重大な事件となった「地下鉄銀座線爆破事件」が発生した。銀座線京橋駅に到着直後の列車最前部座席下(車両最前部まで座席を持つ、半室運転台構造の戦前型車であった)に仕掛けられた手製の時限爆弾が爆発。乗客13名が重軽傷を負った。翌日女優吉永小百合宛に、草加次郎名で100万円を要求する脅迫状が送付されるが、未遂に終わり、以後行方をくらました。犯人は検挙されないまま1978年9月5日時効が成立した。

1995年3月20日、「地下鉄サリン事件」が発生した。日比谷線丸ノ内線千代田線などに、化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布され、乗客や駅員ら12人が死亡、5,510人が重軽傷を負った。銀座線東西線半蔵門線も当日終日運休した。詳細は地下鉄サリン事件を参照のこと。

[編集] 営団地下鉄から東京地下鉄へ

帝都高速度交通営団(以下、営団)の民営化については、1995年閣議南北線もしくは半蔵門線が完成した頃を目途に、第一段階として特殊会社化する方針を閣議決定した。その後、2001年12月に当時の小泉内閣が約160あまりの特殊法人・認可法人を対象とした特殊法人改革基本法を閣議決定し[1]、その中で営団を半蔵門線延長開業後の翌年である2004年春に特殊会社化することを決定した。このような民営化は国鉄民営化と比較されることがあるが、国鉄民営化の場合は巨額の債務によって実質的に経営破綻を起こしていたのに対し、営団は行政改革の一環として特殊法人改革を行っていたことに由来する。そのため経営には問題はなく、また地下鉄建設の必要性が残っており民営化には反対意見が多かったが、営団も例外とせず民営化の対象とした[2]。同法案作成時に新会社名を「東京地下鉄株式会社」と定めたことから新会社名もこの段階で事実上決定した。

新会社では、新株発行・代表取締役選定など重要な事項に関しては行政機関との協議・認可が必要であるが、事業計画・決算は国(国土交通大臣)への報告のみとなる。またそれ以外の関連事業・社債募集などは営団時代では国の認可が必要であったが、新会社ではこれが不要となる。その他、発足段階では国と東京都が新会社へ出資(出資率は国が53.4%、都が46.6%)しているが、将来的には全株式上場させ、完全民営化させる計画になっている。

[編集] 出典

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  1. ^ 鉄道ジャーナル 2003年3月号(No.437) P.103 東京地下鉄株式会社(RJ ESSENTIAL)
  2. ^ 鉄道ジャーナル 2004年7月号(No.453) P.59 東京の地下鉄と一元化論

[編集] 関連項目・人物


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