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ルルド

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ルルド

フランス
地域圏 (Région) ミディ=ピレネー地域圏
(département) オート=ピレネー県
郡 (arrondissement) アルジェレ=ガゾスト郡
小郡 (canton) 2小郡庁所在地
INSEEコード 65286
郵便番号 65100
市長
任期
ジャン=ピエール・アルティガナーヴ
2008年-2014年
面積 37 km²
人口 15808 人
(2008年)
人口密度 411 人/km²
Carte de localisation de ルルド
Image:Transparent3x3.gif

ルルド(Lourdes) は、フランススペインの国境になっているピレネー山脈のふもと、フランスの南西部オート=ピレネー県の人口15000人ほどの小さな町。「ルルドの泉」で知られ、カトリック教会巡礼地ともなっている。

目次

[編集] ルルドの泉

1858年2月、村の14歳の少女ベルナデッタ・スビルー(ベルナデットとも)が郊外のマッサビエルの洞窟のそばで薪拾いをしているとき、初めて聖母マリアが出現したといわれている。聖母を見たというベルナデッタは、教会関係者はじめ多くの人々から疑いの目を持って見られた。

しかしベルナデッタが、聖母マリアが自分を「無原罪の御宿り」であると、ルルドの方言で告げた。それは「ケ・ソイ・エラ・インマクラダ・カウンセプシウ」(QUE SOY ERA IMMACULADA COUNCEPCIOU=私は無原罪のやどりである(当時のフランス語でJe suis La Immaculee Conception))という言葉であった。 これをベルナデッタは神父に告げた。これによって神父も周囲の人々も聖母の出現を信じるようになった。なぜなら「無原罪の御宿り」は「無学なベルナデッタが知るはずのない」教会用語だったからである。

ただし「無原罪の御宿り」が教義として公認されたのは1854年であって、その教義の通りにわずか4年後にルルドに聖母マリアが出現したのである。

ベルナデッタ・スビルー

以後、聖母がこの少女の前に18回にもわたって姿を現したといわれ評判になった。1864年には聖母があらわれたという場所に聖母像が建てられた。この話はすぐにヨーロッパ中に広まったため、はじめに建てられていた小さな聖堂はやがて巡礼者でにぎわう大聖堂になった。

以後、ベルナデッタ自身は聖母の出現について積極的に語ることを好まず、1866年にヌヴェール愛徳修道会の修道院に入って外界から遮断された静かな一生を送った。彼女自身は自分の見たものが聖母マリアであったとは一度も言っていないと言う説を唱える者もいるが、実際には、自分が出現を受けたのが聖母マリアであったことを認める発言を何度もしている。またそれを否定する発言は残っていない。また、スタンデンというイギリス人が、町中の人々が情熱を持って話している洞窟でのその後の奇跡について話した際、彼女はまったく無関心に「この類の話に、本当のことは何一つありません」と答えたことがあり、この一語をもってベルナデッタ自身が聖母出現を否定したと唱える者もあるが、これも事実ではない。実際にはエスカレートする人々が、自分たちも洞窟に行ってマリアを見たなどとさまざまな噂がとびかっていた状況の発言であり、この後も、ベルナデッタは死に至るまで一貫して聖母の出現を受けたことを認める発言をしている[1]。ただし、泉の水によって病が癒されるという奇跡には無関心だったようで、彼女自身、気管支喘息の持病があったが一度もルルドの泉に行くことはなく、より遠方の湯治場へ通っていた。1879年肺結核により35歳で病没し、1933年列聖されている。

彼女の遺体は修道女の服装のまま眠るようにヌヴェールに安置されている。

巡礼者が集まるルルドの大聖堂

[編集] 奇跡の泉

遺体は1909年1919年1925年の3回にわたって公式に調査され、特別な防腐処理がなされていないにもかかわらず腐敗が見られないと言われている。これは「目視では明確な腐敗の兆候が見られなかった」と言うことである。実際には腐敗が始まっていたという報告もある。遺体が腐敗しないことは列聖のための有力な材料となるが、それ自体は奇跡的な出来事ではない(ミイラ死蝋も参照せよ)。通常死体は地上で常温下では数ヶ月で崩壊、白骨化する。

1925年の調査では、ローマとルルドの修道院に送るため聖遺物(右側肋骨2本、両膝の皮膚組織、肝臓の一部)が摘出された。また、過去の調査の際の洗浄の影響によって皮膚の黒ずみと・異物の沈着、ミイラ化したために鼻梁と眼窩が落ち窪むなど容姿が若干変異していたため、顔と両手の精巧な蝋製マスクが作られ、かぶせられた。これは見る者に不快感を与えないために、遺物に関してフランスではよく行われる処理。

現在では、ルルドの聖母の大聖堂が建っており、気候のよい春から秋にかけてヨーロッパのみならず世界中から多くの巡礼者がおとずれる。マッサビエルの洞窟から聖母マリアの言葉どおり湧き出したといわれる泉には治癒効果があると信じられている。「奇跡的治癒」の報告は多いが、中にはカトリック教会の調査によっても公式に認められた「科学的・医学的に説明できない治癒」の記録さえ数例ある。カトリック教会が「奇跡的治癒」を認めることはまれであり、認定までに厳密な調査と医学者たちの科学的証明を求めている。

[編集] 批判的検証

泉の評判が広まってから現代まで一億人以上がこの泉を訪れたとされているが、そのうちカトリック教会に奇跡の申請をしたのは7000人ほどである。そのうちカトリック教会が認めた奇跡はわずか67件で、直近の40年に限れば10年に1件のわりあいでしかない。20世紀前半に奇跡と認められたもののうち、いくつかは具体的な症状の記録が残されており、その中には奇跡とは呼べないものも含まれている[2]。これはカトリック教会が求める科学的証明の水準が当時は現代よりも低かったためと考えられる。

「奇跡」のうち、ほとんどは結核、眼炎、気管支炎など自然治癒あるいは近代医療で回復するもので、損傷した脊椎の回復など、重篤な障害、病気が治癒したという事実はない。ガンは3件あるが、懐疑論者のカール・セーガンは、「ガン全体でおおざっぱに言えば1万から10万人に一人は自然治癒するが、泉を訪れた人のうち5%がガンに苦しむ人だったとすると、そのうち50人~500人の人々からガンが治癒したという報告があっても良いはず」であり、家でおとなしく療養した方がまだ望みがあると言うことかもしれないと述べている。このような事実から、ルルドの泉はプラセボ効果以上の効用はないと考えられる[3][4]

ルルドには医療局が存在し、カトリック教会がある治癒を奇跡と認定するための基準は大変厳しい。「医療不可能な難病であること、治療なしで突然に完全に治ること、再発しないこと、医学による説明が不可能であること」という科学的、医学的基準のほか、さらに患者が教会において模範的な信仰者であることの人格が査定される。このため、これまで2,500件が「説明不可能な治癒」とされ、医療局にカルテが保存されているにもかかわらず、奇跡と公式に認定される症例は大変少数(67件)となっている。特に信仰の世俗化が危惧されている現代において、これらの基準を満たすことが大変難しくなっていることは想像に難くない。そのため、奇跡の申請をしなかった件数を考慮していない点もふくめ、前述のような自然治癒との統計的比較で教会による奇跡の認定について評価するのはナンセンスと考える向きもある[要出典]

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 『ベルナデッタ』ルネ・ローランタン ドン・ボスコ社
  2. ^ 『ルルド 一ジャーナリストがみた現代の聖地』パトリック・マーンハム 日本教文社 ISBN:4531080491
  3. ^ 『カール・セーガン 科学と悪霊を語る』カール・セーガン 新潮社 p236
  4. ^ 『ルルド 一ジャーナリストがみた現代の聖地』パトリック・マーンハム 日本教文社 ISBN:4531080491

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

カトリック中央協議会:シスター・ベルナデッタの遺骸


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