ラトビアの歴史 - Wikipedia

ラトビアの歴史

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ラトビアの歴史ではバルト三国の一つ、ラトビアの歴史について記述する。

目次

[編集] 前史

インド・ヨーロッパ語族レット人バルト語族)が今のラトビアの地に移住し始めたのは紀元前2000年ごろと言われている。紀元前1世紀リーヴ人ウラル語族)が大挙して北シベリアから移住し定住した。ながらくこの地域は、リーヴ人の居住地と言うことでリヴォニアと呼ばれた。

[編集] ドイツ騎士団による植民地支配

長らく自然崇拝に基づく信仰を保ってきたが、13世紀リヴォニア帯剣騎士団およびそれを併合したドイツ騎士団東方殖民で徹底的なキリスト教化が推し進められ、現在のラトビアの首都リガもこのときに建設された。この後リヴォニア帯剣騎士団と共にやって来たドイツ人たちは、ラトビアに残り、20世紀までに少数派のバルト・ドイツ人を形成し、実行支配を行った。リーヴ人は騎士団のために激減し、以後、ラトビア人が、この地の主要民族となった

16世紀にはバルト海覇権をめぐってリトアニアポーランドスウェーデンバルト帝国の支配を受ける。この過程でラトビアは、北部リヴォニアと南部クールラントに分裂し、北部はスウェーデンに、南部はポーランド、次いでロシア帝国の影響を受ける。

[編集] ポーランド、スウェーデンの支配

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[編集] ロシア帝国の支配

18世紀になると、大北方戦争などのあおりを受けてラトビアはロシア帝国の支配下に置かれた。

しかし19世紀にはロシアより早く農奴解放を行ったため、順調に資本主義経済市民社会の形成がなされた。それが、ラトビア人知識人民族主義者を生む背景となった。また、バルト三国ともにバルト・ドイツ人による主要民族に対する啓蒙運動が興り、ロシアからの自立を望むきっかけが創られた。

[編集] 独立期

20世紀にはラトビア独立の気運が高まり、第一次世界大戦後の1919年民族自決の原理に従って独立を勝ち取る。その後カールリス・ウルマニスを中心とする右派政府と赤軍の内戦を経て、民主主義体制での独立を確立。しかし世界大恐慌からの経済立て直しのために1934年にウルマニス独裁政権が成立、ソビエト連邦ドイツ不可侵条約を締結し政治的安定を図った。

[編集] 第二次世界大戦とソ連の支配

第二次世界大戦がはじまると1940年ソビエト連邦ナチス・ドイツの間で交わされた独ソ不可侵条約の秘密議定書によりソ連に併合され、ラトビア・ソビエト社会主義共和国が誕生。翌年ドイツ軍が侵攻してきたが、ラトビア人はこれを「解放軍」として歓迎した。その後1944年にソ連に再征服される。

この過程で、バルト地方のバルト・ドイツ人はロシア人によって一掃され、民族構成は一変した。

[編集] 独立回復

1980年代バルト三国の中で、もっとも早くソ連からの独立運動が展開されたのはラトビアであった。1988年にはラトビア独立戦線が結成され独立運動が展開され、1991年1月のリトアニアのテレビ塔の流血事件(血の日曜日事件)と同じく、ラトビアでもソ連内務省特殊部隊の襲撃事件を起こす。その後のソ連のクーデター失敗後、ラトビアは独立を宣言した。

その後ラトビア含めたバルト三国は、北欧資本の受け入れなどが積極的に行われ、ラトビアはバルト三国でも立ち後れている感があるともいえるが、経済は比較的安定している。また、国際関係では、2004年北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)に加盟している。しかし国内に多数を占めるロシア人との潜在的な対立は、ロシアとの外交的問題でもあり、ラトビアの政治に影を落としている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

映像・ドイツ軍を歓迎するバルト地方の人々


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