ラトビア
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- ラトビア共和国
- Latvijas Republika
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(国旗) (国章) - 国の標語 : "Tēvzemei un Brīvībai"(ラトビア語)
「祖国と自由のために」 - 国歌 : Dievs, svētī Latviju!
(God Bless Latvia:ラトビアに幸いあれ) 
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公用語 ラトビア語 首都 リーガ 最大の都市 リーガ 独立
- 日付ロシア帝国から
1918年11月18日
ソビエト連邦から
1990年5月4日通貨 ラッツ(LVL) 時間帯 UTC 不明(DST: (+3)) ccTLD LV 国際電話番号 371
ラトビア共和国(ラトビアきょうわこく)、通称ラトビア、ラトヴィアは、バルト海に面する北東ヨーロッパの国家。第一次世界大戦後の1918年に独立。その後1940年にソビエト連邦に併合。旧ソ連、バルト三国を構成する共和国のひとつ。1991年にソ連から独立を回復。エストニア、リトアニア、ロシア、ベラルーシと国境を接する。
目次 |
[編集] 国名
正式名称はラトビア語で、Latvijas Republika。通称、Latvija
公式の英語表記は、Republic of Latvia。通称、Latvia。
日本語の表記は、ラトビア共和国。通称、ラトビア。
ウギス・ナステビッチにより日本語の漢字表記は良斗美亜で、略称は良。
[編集] 歴史
詳細はラトビアの歴史を参照
- 8世紀 - ヴァイキングが進出。居留地のみ。
- 13世紀初めごろに、リヴォニア帯剣騎士団が領有を始める。
- 1629年 - リヴラント(スウェーデン)とクールラント(ポーランド)に分裂。
- 1730年 - リヴラントもクールラントも事実上ロシア帝国の支配下に。
- 1920年1月13日 - ロシア帝国から独立。
- 1940年8月5日 - ソ連に併合される。
- 1991年8月21日 - ソ連から独立を回復。
- 2004年5月1日 - 欧州連合 (EU) に加盟
[編集] 政治
政体は共和制である。 議会 (サエイマ、Saeima) は、一院制で定員100議席、任期は4年である。大統領は、議員とは別の選挙で選ばれ、任期は4年である。
主な国内問題としては、国内に居住するロシア人への処遇問題がある。 ソ連時代からラトビア領内に住む非ラトビア人に対しては、ラトビア国籍取得に際して軒並みラトビア語試験などを課し、民族主義的な側面が多々あり、最大のマイノリティであるロシア系市民やロシアが頻繁にこのことに関する改善を要求し、EU加盟委員会も加盟に際してこの問題の改善を促した。
他方、首都のリガではロシア語生活者が半数近くを占めるなど文化としてのラトビアの存続に危機感が募る中、EU加盟後の現在でもロシアはこの問題を外交カードとして使っており、ラトビアにとっては非常に悩ましい問題である。
EU加盟後も、ロシアと国境問題が存在した。これは併合前の国境を主張していたためで(ラトビアはロシア西部プスコフ州の一部の領有権を主張)、ロシアとの国境は暫定国境になっていたが、両国の関係改善を求めるEUの働きかけもあり、最終的にはラトビア側が要求を取り下げ、2007年3月27日にロシアとの国境画定条約に調印した。
[編集] 地方行政区分
詳細はラトビアの地方行政区画を参照
ラトビアは、26の州と7つの直轄市で構成されている。
- アイズクラウクレ州(Aizkraukles rajons)
- アルークスネ州(Alūksnes rajons)
- バルビ州(Balvu rajons)
- バウスカ州(Bauskas rajons)
- ツェーシス州(Cēsu rajons)
- ダウガフピルス州(Daugavpils rajons)
- ダウガフピルス(直轄市)(Daugavpils)
- ドゥアベレ州(Dobeles rajons)
- グルベネ州(Gulbenes rajons)
- エーカブピル(Jēkabpils rajons)
- イェルガヴァ州(Jelgavas rajons)
- イェルガヴァ(直轄市)(Jelgavas)
- ユールマラ(直轄市)(Jūrmala)
- クラースラヴァ州(Krāslavas rajons)
- クルディガ州(Kuldīgas rajons)
- リエパーヤ州(Liepājas rajons)
- リエパーヤ(直轄市)(Liepāja)
- リンバジュ州(Limbažu rajons)
- ルザ州(Ludzas rajons)
- マドゥアナ州(Madonas rajons)
- ウアグレ州(Ogres rajons)
- プレイユ州(Preiļu rajons)
- レーゼクネ州(Rēzeknes rajons)
- レーゼクネ(直轄市)(Rēzekne)
- リガ州(Rīgas rajons)
- リガ(直轄市)(Rīga)
- サルドゥス州(Saldus rajons)
- タルシ州(Talsu rajons)
- トゥクム州(Tukuma rajons)
- ヴァルカ州(Valkas rajons)
- ヴァルミエラ州(Valmieras rajons)
- ヴェンツピルス州(Ventspils rajons)
- ヴェンツピルス(直轄市)(Ventspils)
[編集] 地理
[編集] 主な都市
- イェルガヴァ:Jelgava(ミタウ)
- ヴァルカ:Valka(ヴァルク)
- ヴァルミエラ:Valmiera(ヴォルマール)
- ヴェンツピルス:Ventspils(ヴィンダウ)
- クルディーガ:Kuldīga(ゴールディンゲン)
- ダウガフピルス:Daugavpils(ドヴィンスク、デューナブルク)
- ツェーシス:Cēsis(ヴェンデン)
- リエパーヤ:Liepāja(リーバウ)
- リガ:Rīga(リーガ)
- レーゼクネ:Rēzekne(ロジッテン)
[編集] 経済
ソ連時代には、重工業が盛んで、ソ連域内屈指の工業地域であった。当時ソ連内を走る電車の約9割がラトビア製であったともと言われていた他、VEFの有名なラジオもリーガの工場で生産されていたが、独立回復時にそれらの工業拠点は軒並み放棄され、現在も廃墟のまま残るなど、ソ連時代の産業はほとんど継承されなかった。
結果として、現在では国際的に競争力のある基幹産業と呼べるものは見当たらず、木材加工や金属などの産業がラトビアの産業を支えている。国内総生産は110億7000万ドル、一人当たり4762ドルで、これはEU加盟国中、ブルガリア、ルーマニアに次いで低いレベルである。
ソ連崩壊以降、経済の混乱によりインフラの整備・開発の遅れが目立っていたが、近年になり、不動産・金融・製造業等の分野に対する外国(ドイツ、スウェーデン、英国、ロシア等)からの直接投資が活発になっており、ここ数年はEU域内で最も高い成長率を記録するなどリーガを中心に経済成長が著しかったが、実体経済に基づかないバブル的な経済事情と、ずさんな審査のもとに組まれた大量の不良融資やローンは、ラトビアを2008年の全世界的な恐慌のあおりを最も酷く受けた国の一つとする結果に至った。国内第二位のパレックス銀行は多額の負債を抱えたまま1ラットで国有化され、政府もIMFに対して緊急融資の要請をした。08年の成長率は当初予想を大きく下回り、マイナス成長となる見込みである。
他方で、都市部ではインフレ率が大幅な上昇傾向にあることに加え、主な投資先がリーガやその周辺に集中するなど地域間の格差が拡大しており、ラトビア経済が抱える最も大きな課題のひとつとなっている。
ここ数年リーガは旧市街を中心に観光業が活発化しており、外資系ホテルの参入や新規航空路線の拡充とともに観光客が増加しているものの、リーガ以外では観光開発が十分でなく、観光業でも地方とリーガの間の格差が広がりつつある。
ラトビア最大のリーガ国際空港は、バルト三国の中で最も航空路線・利用客数が多く、この地域でのハブ空港として機能している。最近では、夏季のみだが、リエパーヤのリエパーヤ国際空港への定期航空路の開設があり、独立回復後初の国内定期便(リーガ⇔リエパーヤ)が就航したほか、数十年ぶりとなる地方空港を発着する国際定期便も就航した。2008年からは、クルゼメ地方の港湾都市ヴェンツピルスとリーガを結ぶ定期便も復活した。
世界遺産にも登録されている旧市街地を中心とする地区は、景観保護のため高層ビルの建設が認められておらず、高層ビルは少ない。市内にある高層ビルはいずれも、そうした規制のなかったソ連時代に建設されたものである。これらのビルのうち、旧市街北部にある環境省等が入居するビルは、景観回復のため取り壊しも含め議論されている。
[編集] 国民・言語
2005年現在の民族別住民構成は、ラトビア人が60%、ロシア人が27.5%、ベラルーシ人が3.7%、ウクライナ人が2.3%、ポーランド人が 2.4%、リトアニア人が1.4%である。その他ラトガリア人やリヴォニア人が生活している。
言語はラトビア語が公用語であるが、リーガなどの都市部ではロシア語系住民(ロシア人、ベラルーシ人等)が多く、ロシア語の使用率も高い。話者は少数であるものの、ラトヴィア語に近いラトガリア語及びウラル語族のリヴォニア語も法律によって権利を保障されている。
バルト三国の中で、最もロシア語が幅を利かせている。ロシア語以外の外国語習得率も高い。世代によって話せる言語が異なり、中高年はロシア語、ラトビア語に加えてドイツ語が、対して青少年はロシア語、ラトビア語のほか英語が話せるものの割合が高い。
若い世代や地方の郊外に住むラトビア人を中心にロシア語を理解できない者も増えているが、依然としてロシア語の存在は非常に大きい。映画館やテレビ放送ではラトビア語とロシア語の字幕が並列されていたり、ラトビア国内で出版・発行される新聞や雑誌であってもラトビア語版とロシア語版が存在するものも多数ある。比較すると圧倒的にロシア語版のほうが種類、量ともに豊富である。
これらの事実は、今でもかつての占領国の母語が自国で大いに幅を利かせていると感じるラトビア系住民にとっては脅威である。一方でラトビア語が国際言語として通用しない中、近年のロシア・CIS諸国との経済活動の活発化を背景に、この地域でロシア語を習得することは、英語を勉強することと同等に大切であると考えているラトビア系住民もおり、ロシア語に対する態度は一様ではない。 ラトビア国内で就職する場合でさえ、さほど専門性、国際性が問われない単純な職種であっても、顧客の3〜5割がロシア語話者という状況のため、ラトビア語に加えてロシア語が話せることが就職の条件となっていることも多く、普段の生活ではラトビア語しか話さないものでもロシア語を勉強する。 ラトビアに進出する外国企業も、当地におけるマルチリンガル比率の高さ(基本はラトビア語・ロシア語+他言語)を当地へ進出する上でのメリットと考えており、こうした事情もロシア語が容易に影響力を失わない要因のひとつとなっている。 このような状況はロシア本国はもとより、ロシア語圏と呼ばれる国・地方の者にとっては大変魅力的であり、観光客や新たなビジネスの獲得に大きく貢献している。また、西側資本もラトビアをEU内におけるロシアとの窓口として見る向きがあり、政治的・経済的にもラトビアはロシアの影響から抜け出すべきと考える者にとっては皮肉な現実となっている。
法律により、原則として公共の場所での広告や店舗の案内・メニュー等にはラトビア語の使用が義務付けられているため、ロシア語も含めラトビア語以外の言語が公共の場所で単独で使用される例を見つけることはほとんどない。この原則は教育現場においても適用されており、公立学校はもちろん、各民族学校での授業においても、6割以上はラトビア語でなければならないとされている。しかし、監督官が臨場した時にはラトビア語で授業を行い、帰れば再び多言語を使用するといった具合に器用に使い分けされており、教育現場では必ずしも徹底されていない。
[編集] 無国籍者問題
ラトビア移民帰化局によると、ラトビアの人口は約230万人であるが、ラトビア国籍保有者は約180万人、外国籍保有者が3〜4万人となっている。そして、残りの約45〜50万人は無国籍者という扱いになっている。彼らは、文字通り国籍がどの国からも付与されていないため、ラトビア国内で出生し一度も国外へ出たことがない場合でも、ラトビア人(ラトビア国籍保有者)となることができず、また、他国の国籍保有の条件を満たしているわけでもない(または、生活の便宜上そうすることを希望していない)ため、いずれの国からも国民としての扱いを受けることができない。 したがって、彼らは選挙権をはじめとするさまざまな市民権の行使ができない場面があり、人道的観点から、ラトビアにおける最も重大な政治問題のひとつとして解決が望まれている。この問題に対しては、ロシア(無国籍者の多くはロシア系住民)のみならず欧州の人権担当機関からも再三にわたり改善を促されているが、非ラトビア系住民のラトビア社会への帰化に危機感を持っているラトビア当局はいまだに抜本的な解決策を示さない状況が続いている。
こうした状況を作り上げた歴史的事実としては、 1991年、ラトビアがソ連から独立を回復した際、ソ連への併合(1940年)以前の国民と、その直系子孫にのみ自動的に「ラトビア」国籍の旅券が付与された。それ以外の、ソ連時代にラトビアへ移民してきたロシア語を母国語とするロシア人や、ラトビアで産まれた彼らの子供には付与されなかった。彼らはソ連政府が発給した旅券をそのまま使用していたが、1997年から、ラトビア政府が発給する「Alien Passport(無国籍旅券)」への切り替えが義務づけられ、「無国籍者」と定義されるようになった。
[編集] 交通
元々共産主義だったこともあり、男女平等が浸透している。リーガの交通機関に乗れば解るが、トロリーバスに乗っていると、時々30代前半の女性が運転していることすらある。トロリーバスは、たまにスピードを出しすぎて脱線し、蛍光色の黄色の服を着て電線に戻す作業が行われることがある。運転はリーガに住んでいる人で小さい頃になりたい職業のひとつに挙げられるという。
リーガ市内の交通機関はトラム、トロリーバス、バスの3つで、距離の大小関係なく値段は共通して0.40ls(大体82円位)。1990年代は0.20lsだった。ここ数年インフレが激しいことを物語っている。
空港からリーガ旧市街までタクシーで行った場合は15ユーロは取られるが、バスなら8.5kmの距離を0.40lsで移動できる。ただし、日本からラトビアに空路で入る場合はバスの動いていない深夜~早朝に到着することが多く、タクシーを使う羽目になる。
トロリーバスには必ず検札がおり、そこで料金を払わなくてはならない。昼間は年配者が、夜間は若者がiPodを聞きながらやっていることが多い。
鉄道に関しては、日本の旧国鉄のような状態であり、明らかに現状と合わないロシア方面の鉄道に対して重点的に組まれているダイヤが多い。乗り継がないと他のバルトの国の各首都に行けない状態が続いており、バスに人が流れているため赤字の状態が続いている。ヘルシンキからバルト3国の各首都を縦断してワルシャワに至る高速鉄道の計画はある。
各交通機関に言えることだが、今でも出入口の敷居が高く、年配者や身体障害者には乗り辛い設計になっている。
[編集] 通信
他のバルト地域と同様、都市部ではインターネット接続環境が整備されている。 特に公衆無線インターネット接続網は、リーガ都心部を中心にアクセス可能地域が急速に拡大されているほか、光ファイバー網も整備され始めている。
リーガ旧市街にはインターネットカフェが2、3か所あり、たいていの場合は各種ネットゲームやskype, word, excel等基本的なソフトも装備されている。席は個室になっておらず、大人数で一つの部屋という形で、ただインターネットをやるための場所という位置付けになっている。ドリンクバーもなく、500mlのペットボトルが0.45ls(約100円)均一で販売されている。 日本のネットカフェではskypeをする事自体、余り推奨されるものではないが、ラトビアでは、人の居る前でも堂々と通話する風景が見られる。
大きな駅の公衆電話では、公衆電話に12インチほどの画面が付いておりQWERTYキー配列の鍵盤があって容易にネット接続ができる。ウィキペディアも見ることができるが、アジア系の文字については見ることも打つこともできない。 他の街角にある公衆電話はWiFiのアンテナが付けられており、現代に合せているかのようだが、日本製携帯電話の無線LANが使えず、公衆電話においては現地の現硬貨が全く使えないため、キオスクでテレフォンカードを買う必要がある。 国際電話をかける時は、発信音が鳴っている時でも料金が発生するので注意が必要である。ラトビア国内通話では、そのようなことはない。
[編集] 生活
物価は年々上がっているが、現在も日本の0.9倍ほどであり、マクドナルドに行ってもハンバーガーが0.40Ls(約82円)ほどと日本とたいして変わらない。ただ、元共産主義国だった影響もあり、交通費は市内交通に限ってはとても安いうえ、市内一律料金が主流となっている。
バルト3国に共通して言えることだが、Rimiというスーパーマーケットがあちらこちらにあり、市民の多くはそこで買い物をしている。最近は西欧諸国の影響で鮨までもが売られているが、日本に比べ値段が高い。この影響で、醤油やわさびなども売られるようになった。日本のうるち米に関しては真空パックで5kg以下で売られていることが多い。
ゴミの分別に対しては、ほとんど行われていない。郵便受けに似た小さなポケットが街中の各建物の壁に取付られていて、 黒いゴミ袋に入れた上で、そこに捨てる形をとっている。
水道水は、飲むことは可能だが硬水で水質はあまり良くなく、無糖の炭酸水を買うのが主流である。 また、法律によりスーパーマーケットやキオスクでは22時以降の酒類の販売は禁止されているが、バーでは気にしないでビールを飲むことができる。
家庭の暖房は蓄熱暖房が一般的である。住宅の気密性も高く、外断熱なのであまり寒さを感じることがない。
気候は12月が一番寒い時期である。北海道より緯度が高いにも関らず、寒暖の差は北海道内陸部より低い。
部屋を借りる時に必要なものは、家賃の2倍ほどのお金とパスポートだけである。日本より審査が軽く、楽に部屋を借りることができる。家賃の相場としてはリーガ市内で平均して月300ls(約61000円)ほどである。
[編集] 宗教
[編集] 文化
[編集] スポーツ
詳細はラトビアのスポーツを参照
古くからバスケットボールが盛ん。バスケットボール欧州選手権ではリトアニアと覇権を争った。ソ連時代ではウリャーナ・セミョーノヴァらを輩出しモントリオールオリンピック、モスクワオリンピックで女子代表は金メダルを獲得した。
[編集] 世界遺産
- リガ歴史地区 - (1997年、文化遺産)
- シュトルーヴェの測地弧 - (2005年、文化遺産)
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | Jaunais Gads | |
| 復活祭の前々日 | 聖金曜日 | Lielā Piektdiena | |
| 移動祝日 | 復活祭 | Pirmās Lieldienas | |
| 復活祭の翌日 | 復活祭月曜日 | Otrās Lieldienas | |
| 5月1日 | メーデー | Darba svētki | 1920年の憲法制定会議の招集もこの日なので、同時に祝われる。 |
| 5月4日 | 独立宣言の日 | Neatkarības deklarācijas pasludināšanas diena | 1990年のこの日に、ラトビアは、ソビエト連邦からのその独立およびラトビア共和国の独立回復を宣言した。 |
| 5月第2日曜日 | 母の日 | Mātes diena | |
| 6月23日 | リーグァの日 | Līgo Diena | |
| 6月24日 | 聖ヨハネの日 | Jāņi | |
| 11月18日 | 独立記念日 | Latvijas Republikas proklamēšanas diena | 第一ラトビア共和国の独立は1918年のこの日に宣言された。 |
| 12月25日 | クリスマス | Ziemassvētki | |
| 12月26日 | ボクシング・デー | 2. Ziemassvētki | |
| 12月31日 | 大晦日 | Vecais Gads |
[編集] 関連項目
- ラトビア関係の記事の一覧
- ラトビア人の一覧
- リヴォニア(リボニア、リーフラント)
- ラトビアの歴史
- クールラント
- スウェーデン
- リヴォニア帯剣騎士団
- ドイツ騎士団
- ドイツ植民(東方植民)
- プロイセン(プロシア)
- ハンザ同盟
- バルト海
- バルト三国
- バルト帝国
- エストニア
- リトアニア
- ロシア
[編集] 外部リンク
- 政府
- ラトビア共和国内閣府 (ラトビア語)(英語)
- ラトビア共和国議会 (ラトビア語)(英語)
- 日本政府
-
- 日本外務省 - ラトビア (日本語)
- 観光
- 地理
- Names of Towns
- CIZOJAZYČNÉ VARIANTY NÁZVU V POBALTSKÝCH ZEMÍCH
- Jewish Holdings - Latvian Historical Archives
- History of Latvia and Courland
- Latvia - Jewish Web Index
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| Farfał likwiduje "Misję Specjalną" i "Panoramę" |
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Likwidacja "Misji Specjalnej", nocnej "Panoramy" oraz "oszczędności we wszystkich sferach spółki" - to niektóre z decyzji podjętych przez nowy zarząd TVP.
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| Protest przeciwko nominacji na szefa radiowej "dwójki" |
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Przedstawiciele kilkunastu organizacji artystycznych, m.in. Związku Kompozytorów Polskich, Stowarzyszenia Filmowców Polskich, Unii Polskich Teatrów, Stowarzyszenia Pisarzy Polskich, wyrazili "rozczarowanie" nominacją Pawła Milcarka na stanowisko dyrektora Programu II Polskiego Radia.
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| Doda w sądzie w sprawie z "SE" |
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Niewielką salę Sądu Okręgowego Warszawa-Praga szczelnie wypełnili dziennikarze, gdy Dorota Rabczewska, znana jako Doda, miała składać zeznania jako powódka w procesie cywilnym przeciw "Super Expressowi" o jej zdjęcie rzekomo bez majtek.
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| Nowy program interaktywny w nSporcie |
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Dziś kanał nSport rozpocznie nadawanie programu interaktywnego o charakterze publicystyczno-satyrycznym "Bez ciśnień".
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| Bauer podniósł ceny reklam w dziewięciu tytułach |
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W 2009 roku zdrożały reklamy w dziewięciu pismach Wydawnictwa Bauer. Największe, 10-procentowe podwyżki miały miejsce w miesięczniku "Pani", tygodniku telewizyjnym "To i Owo" oraz dwutygodniku młodzieżowym "Bravo Sport", a najmniejsze w tygodniku poradnikowym "Tina".
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