千葉マリンスタジアム - Wikipedia

千葉マリンスタジアム

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千葉マリンスタジアム
Chiba Marine Stadium
千葉マリンスタジアム
施設データ
所在地 千葉県千葉市美浜区美浜1番地
開場 1990年3月
所有者 千葉市
管理・運用者 千葉ロッテマリーンズ(指定管理者)、株式会社千葉マリンスタジアム(千葉ロッテから管理業務を受託)
グラウンド 透水性人工芝(NeXturf:二層式ショートパイル)(2003年~現在)
照明 大庇先端上投光器照明方式(サークルライン方式)
最大照度:投捕間2500Lx
     内 野2500Lx
     外 野1500Lx
建設費 133億円
設計者 富家建築事務所
建設者 大成建設清水建設西松建設
熊谷組五洋建設
使用チーム • 開催試合
千葉ロッテマリーンズ(1992年~現在)
収容能力
30,011人(内野:約23.000席、外野:約7.000席)
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積 - 14,674m²
両翼 - 99.5 m(約326.4 ft)
中堅 - 122 m(約400.3 ft)
左右中間 - 116.3 m(約381.6 ft)
バックストップ - 19 m(約63.3 ft)
フェンス 4 m (約13.1 ft)

千葉マリンスタジアム(ちばマリンスタジアム)は、日本千葉県千葉市美浜区にある野球場日本プロ野球千葉ロッテマリーンズが本拠地として使用している。球場施設は千葉市、駐車場などの土地部分は千葉県がそれぞれ所有し、千葉ロッテマリーンズが指定管理者として運営管理を行っており、管理業務は県・市・千葉ロッテ球団などが出資する第三セクター・株式会社千葉マリンスタジアムが受託している。

地名を冠せずにマリンスタジアムマリスタ、或いは千葉マリンマリンといった形で略した通称も使用される。なお、所有・管理を行う各法人は施設命名権(ネーミングライツ)の売却を検討しているが、契約には至っていない(2008年12月現在。詳細は後述)。

目次

[編集] 概要・歴史

総建設費133億円を費やし1990年2月22日に竣工、同年3月に開場した。球場開きは社会人野球公式戦のJABA千葉市長杯争奪野球大会の第1回大会。同大会はマリンスタジアムの竣工を機に行われたもので、日立製作所が第1回の優勝チームとなった。この千葉市長杯は現在も11月中旬に行われている。アマチュア野球ではこの他、高校野球も行われるようになり、夏の全国高等学校野球選手権大会千葉県大会の開会式と準々以降の試合がマリンスタジアムで行われている。プロ野球の初開催は同年3月24日のオープン戦・読売ジャイアンツロッテオリオンズ戦だった。

マリンスタジアム竣工を前にした1989年、県民・市民や県内政財界関係者によって結成された「千葉にプロ野球を誘致する県民会議」は、マリンスタジアムにプロ球団を誘致しようと活動を進め、陳情書を県・市に提出、いずれも採決された。これを受け、県・市は首都圏に本拠を置く6球団に対し公式戦・オープン戦の開催を求めるなど誘致活動を進めた。これが実り、1991年からヤクルトが公式戦を開催。プロ野球公式戦第1号の本塁打はヤクルト・荒井幸雄が放ったランニング本塁打だった。また県・市は特に首都圏6球団の中でも当時川崎球場を本拠地とし、老朽化しかつ狭隘な環境下で観客動員が伸び悩んでいたロッテオリオンズ(当時)に対しては、千葉への本拠地移転を前提として特に積極的に誘致を進めた。その結果、ロッテは1991年夏に本拠地の千葉移転を決定。ロッテ主催による千葉マリン初のパ・リーグ公式戦(対西武ライオンズ戦)が開催された7月31日、同日のオーナー会議で正式に移転が表明された。そして9月4日の実行委員会でロッテの保護地域の千葉県への移転が承認され、10月31日のオーナー会議での承認を経て、こうして翌1992年からロッテは千葉マリンに本拠地を移す事が決定した。移転の際、当初球団名は地名を冠した「千葉ロッテオリオンズ」を予定していたが、一般公募を基に改称することとなり、選考の結果、新たな愛称は「千葉ロッテマリーンズ」と決まった(なお、応募1位の愛称は「パイレーツ」だった)。

1992年、ロッテは2年連続最下位に終わり、千葉移転初年を飾る事はできなかったが、移転景気もあって観客動員数では球団新記録となる1,301,000人を記録。前年までの5年連続12球団最下位を脱し、リーグ4位となった。しかし移転2年目の1993年もリーグ5位に沈むと移転景気も潰え、観客動員数は再び12球団最下位の930,000人に終わった。1995年ボビー・バレンタインが監督に招聘されると、オリックスの独走こそ許したものの、9月にはオリックスの本拠地グリーンスタジアム神戸3連戦で「M1」から胴上げを阻止する3連勝を挙げるなど見せ場を作り、一躍2位に躍進。観客動員も120万人台を回復した。だが同年オフにバレンタインが退団すると、再びチーム成績・観客動員共々ジリ貧の闘いを強いられた。

そんな中、1990年代後半には県・市の政財界関係者の一部の間で、伸び悩むロッテの観客動員と、強風など気象条件に左右されやすい環境を改善する打開策として「千葉マリンのドーム化」を求める動きが起こった。1999年、ロッテがシーズン序盤好調だった際には時の市長が「優勝した場合はドーム化を検討する」と表明したが、この構想はファン・市民の多くが異議を唱えた。結局その後は財政難などもあって、この構想は具体化するまでには至らなかった。

ロッテは2004年から球団の営業戦略の一環として、千葉マリンをファンに親しみやすく、多くの観客がより快適に観戦できるよう改善を進めるべく「ボールパーク化構想」を方針付け、県・市に対し協力を要請した。しかしマリンスタジアムの土地は県、施設は市が所有しており、また施設管理は第三セクターが行っていた。またプロ野球だけではなく、アマチュア野球や県内・市内在住者向けの一般利用にも供用される公共施設であることから様々な規制があり、行政側はこれを盾に、球団から提出された様々な利用申請に対して認可を渋り続けてきた。だが、折りしも同年プロ野球再編問題が勃発し、この中でロッテも、当時オーナー企業ダイエーの経営不振で球団の継続保持が困難といわれていた福岡ダイエーホークス(当時)と合併し「福岡ロッテホークス」とする構想が取り沙汰されたことから行政側にも危機感が生じ、これまで設けていた規制を大幅に緩和した。こうして、スタジアム場外での屋台・露店の営業が可能となり、場内で様々なサービスが開始された他、外野フェンスの広告掲出も開始されるなど、スタジアム内外でファンサービスの拡充や施設収益の改善を目的とした数多くの活動が実施されている。なお、ロッテは2006年から千葉マリンスタジアムの指定管理者に指名されており、施設管理権は現在球団に委譲されている。

また、前述のヤクルト主催のセ・リーグ公式戦は、ロッテが本拠地を置いてからも2005年まで年間1カード2~3試合行われていたが、開催時期は5月下旬の週末となっていた。ヤクルトが本拠地としている明治神宮野球場では同時期、東京六大学野球の春季リーグが行われている。5月下旬の週末は最終週にあたり、早大慶大のいわゆる「早慶戦」が行われる。神宮球場は大学野球側に優先使用権がある上、早慶戦は通常の公式戦よりも多くの来場者が見込まれることから仮にデーゲームで早慶戦、ナイターでヤクルト戦を開催した場合、周辺の混雑や観客の入れ替え時の混乱が予想されるため、ヤクルトは早慶戦開催時の週末の主催公式戦を1990年までは地方球場で、1991年からは千葉マリンを使用して開催していた(これが当時、ヤクルトが首都圏で開催する唯一のデーゲームによる公式戦だった)。しかし2005年、5月上旬から6月中旬にかけてセ・パ交流戦が行われるのに伴い、必ずしも早慶戦を考慮する必要が少なくなったことから、千葉マリンでの主催公式戦は開催時期を7月にずらして行った。また2006年からは大学野球側との調整の結果、神宮でもデーゲーム開催が可能となったことなどから、ヤクルト主催では千葉マリンの公式戦を開催していない。

コンサートでも数多く利用されており、1990年4月マドンナのコンサートを始め、近年では都市型音楽フェスティバルのサマーソニックでお馴染みの会場となっている。

内野側と外野側が通路で繋がっており、ロッテ戦の場合、外野席のチケットでの入場者は内野部分に入れることができる。ただし、内野席のチケットで外野部分に入れるという「上位互換」は2006年から全面的にできなくなった(2005年までは、外野席が満員になった試合、優勝決定ゲームなど混雑が予想される試合のみ互換できなかった)。

また、2005年のプレーオフ第1ステージ第1戦では、ライト側(ロッテ側)外野席が満員となり、レフト側(西武側)の一部をロッテファン用に開放したものの、ロッテファンの一部がチケットを持っているにも関わらず入場できないという混乱が起きた。現在では、レフト側外野席のセンター寄り部分をマリーンズ側として設定しており(一部対戦は除く)、ビジター、ホームの席の割合が3:7となっている。

隣接した場所に幕張メッセ、幕張海浜公園、アパホテル&リゾート<東京ベイ幕張>(旧幕張プリンスホテル)、ホテルニューオータニ幕張、ガーデンウォ~ク幕張等がある。

2010年国民体育大会ゆめ半島千葉国体)の開会式会場になることが決定した。野球場で国体の開会式をするのは初めてとなる。

[編集]

ドーム球場ではなく、しかもに極端に近いため、秒速10mを超えることも珍しくない強い海陸風(通称「マリン風」)がある。本来なら外野まで飛ぶような打球が内野まで押し戻されたり、投手の投げた球が予想外の変化をすることは日常茶飯事である。しかも球場の構造上、球場上空とフィールド上では風向が異なるという現象が起こるため、多くの選手がこの風に悩まされる(ロッテの選手達は逆に「マリン風」に鍛えられていると言える。渡辺俊介はヒーローインタビュで「マリンの風は友。強風の日は負けない」と発言している)。このため、スコアボードに風向と風速を表示できるようになっている珍しい球場である。風速が秒速18mを超えた場合、プレー進行の障害となるため、試合は中止となるケースがある。

その他にも様々な気象現象に見舞われている。

[編集] 施設概要

千葉マリンスタジアム外観
風速表示付きのスコアボード(2005年)
スコアボード(2008年)
内野スタンド(オーロラリボン設置後)
フィールドウイングシート(緑色の席)
夏季のナイターゲームで行われる打ち上げ花火
2006年8月1日に開館したマリーンズ・ミュージアム
  • 構造:地上5階(RC造S造
  • グラウンド面積:14,674m²(最大グラウンド面積:15,018m²)(開場当初からの数値でスタンド増設後の数値は未公表)
    • サッカーでの使用も見込んだため、ファールゾーンが大きくなっている。サッカーでの使用時にはベンチ横の座席の一部が外れる仕様となっている。ただし後述のフィールドウィングシートの増設の際、その部分もフィールドウイングシートになったために廃止された可能性がある。
  • グラウンド:全面透水性人工芝(アストロ製 ネクストターフ、パイル長30mm)
  • 照明設備:大庇先端上投光器照明方式(小糸工業製:通称「サークルライン方式」。最大24種の点灯パターンにより照度可変)
    • スタンド上部の庇にサーチライトを架設。照明塔を使わないため外観をスマートに保つ事ができる上、高い照明効果を得られるなどのメリットがある。日本国内の野球場でこの方式を全面採用しているのは千葉マリンだけだが、岡山県倉敷スポーツ公園野球場(マスカットスタジアム)や松山中央公園野球場(坊っちゃんスタジアム)などでは、内野スタンドの庇先端部にサーチライトを設ける手法が取り入れられている。
  • スコアボード:フルカラーLED式(スコア表示部:マルチカラー方式 東芝ライテック製、映像装置:三菱電機オーロラビジョン、H 9.6 × W 10.08 m)
    • 開場当初、スコア表示部は白色電光式で、千葉ロッテの本拠地となった1992年に大型映像装置を増設した(松下電器産業アストロビジョン、H 7.844 × W 9.911 m)。老朽化のため2002年に全面改修を行った際はスコア表示部にLEDを採用した。さらに2008年の改修において映像装置が三菱電機製のオーロラビジョンに更新された。なお映像装置には1992年の設置当初から「マリンビジョン」の愛称が付いている。
    • ライト側に風速表示、レフト側にサッカー用と思われる45分計とアメフト用と思われる経過時間計がある。
  • 帯状映像装置:フルカラーLED式(三菱電機製 オーロラリボン、H 0.96 × W 295.68 m)
    • 2008年の改修で、内野席1階席直上のひさし部分に増設された。ファンからの公募による「marines wing vision(マリーンズ・ウイング・ビジョン)」の愛称が付いている。
  • スタンド:内野2層式、外野1層式、全席個別座席
  • 収容人員:30,011人(消防法上の定員によると30,200人、球団のホームページによると30,022人となっている)
    • 実数発表での最高観客動員は31,024人(2006年)であり、現在の正確な定員は不明である。
  • 紙テープ・紙吹雪は許可が下りた場合のみ可。
  • 広告看板など
    • 1992年のロッテ千葉移転後、外野席にプリズムビジョン形式の広告両サイド6枚ずつの12枚を設置している。(その後ポール際に両サイド1枚ずつの2枚が追加され14枚に。)
    • 2005年、武富士との契約期間満了をもって、消費者金融の広告を外す。
    • 2006年からロッテ球団が指定管理者になったため内外野フェンスの広告が設置される。(外野は白一色。内野はカラー広告を採用。)
    • 2008年バックスクリーンにプリズムビジョン、内野席にリボンビジョンを設置する。

[編集] 観客向け設備の拡充

2000年以降に実施された、ファンサービス向上を目的とした施設拡充について下記に挙げる。

  • 2001年 球場近くの知的障害者支援施設が寄贈した「絵馬堂」を設置。
  • 2003年 児童用施設、授乳室、ベビーベッドを設置。
  • 2006年 スタジアムの管理権が、市から指定管理者に指名された千葉ロッテ球団に移行。これまで運営管理を行ってきたマリンスタジアム社と共に運営に携わることとなる。フェンス広告の解禁をはじめ、内野席のフィールドウイングシート設置、ファンの「マッサージを受けながら試合を見たい」と言う声に声に応えたマッサージ席を新たに設けるなど、大幅なリニューアルが行われる。ラブラドール・レトリバーのボールドッグ“エルフ”登場。同年8月1日、スタジアム敷地内に「マリーンズ・ミュージアム」がオープン。シーズン途中より、リリーフカーがボールが半分に割られたような車体の電気自動車からボルボオープンカー(投手がすぐに降りられるよう、助手席側ドアと助手席がないカスタムモデル)に替わった。
  • 2007年 同年シーズンから一塁側自由席に限り、横断幕の使用を許可。シーズン開幕戦はサッカースタジアムのような雰囲気となり、よりホーム色が強くなった。3月30日からライトゲート付近にバッティングセンターを設置。目玉は渡辺俊介アンダースローを再現した、地上5センチからボールが撃ち出される、映像つきのバッティングマシン。その他にも硬球が打ちだされ、木製バットも用意されていて実際のトスバッティングを体験できるトスバッティングマシンも用意されている。
  • 2008年 1階席と2階席のひさし部分に、右翼ポールからバックネットを経由して左翼ポールまで、三菱電機製の帯状映像装置「オーロラリボン」を設置、バックスクリーンの映像装置も大型化し、同社製オーロラビジョンに更新。球場内のテレビカメラもハイビジョン対応となった。

[編集] マリーンズ・ミュージアム

2006年にオープンした「マリーンズ・ミュージアム」では、千葉ロッテにまつわる様々な資料が展示されている。

  • 支配下選手一覧、写真パネルで見る優勝パレード、2005年に日本一を含めた6冠となった際に贈られた4つのトロフィーの受賞者保存用レプリカ
  • ミニカーを使ったリリーフカー
  • 球場で実際に使われているダッグアウトや芝及び照明灯、ファールエリア際部分の実物大外野フェンス、実際に操作出来るボールカウント表示器、切り出した形でのマウンドとホームベースエリアの再現
  • ロッカールームの再現(選手から寄贈を受けた使用済みのスパイクやグローブ、バット他が置かれている 2007年シーズン中期からは里崎智也ワールド・ベースボール・クラシックに出場した際に着用した日本代表ユニフォームも飾られている)
  • 前身「毎日オリオンズ」以来の千葉ロッテマリーンズの歴史
  • マリンスタジアム竣工当時に敷かれていた初代の人工芝のマット(入り口すぐ脇の屋外)

[編集] 命名権

千葉マリンスタジアムを所有・管理する市・マリンスタジアム社・千葉ロッテ球団の3者は2005年から、マリンスタジアムに対する施設命名権(ネーミングライツ)の売却について検討を開始。数社から買収に関する問い合わせがあったものの、正式契約には至らなかった。翌2006年2月には、同年4月から千葉ロッテ球団が施設の指定管理者になるのに合わせ、命名権をロッテ本社が買収した上で、球団がファンの背番号として「26」を欠番にしているのに因み、呼称を「ロッテ26スタジアム」とする構想も浮上したものの結局実現には至らなかった。その後も施設全体に対する命名権売却の他、ゲートや座席など球場内の設備に対する命名権についても売却を継続検討しているものの、いずれも正式契約には至っていない(2008年12月現在)。

[編集] 交通機関

海浜幕張駅にあるプレナ幕張からは、千葉ロッテマリーンズ主催試合時に限り京成バスによる直通バスが運行される。試合終了時には海浜幕張駅、幕張本郷駅行、稲毛駅行(検見川浜駅、稲毛海岸駅経由)のバスが京成バス・千葉海浜交通によってそれぞれ運行される。このうち海浜幕張駅行と幕張本郷駅発着便にはノンストップ便もある(幕張本郷駅発着便は、幕張新都心地区を通らず、免許センター交差点からメッセ大橋交差点に出て県道千葉船橋海浜線を経由して幕張海浜公園交差点に出る順路)。2007年7月の千葉シーサイドバスダイヤ改正により花島公園~JR幕張駅~千葉マリンスタジアムが開通した。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

前本拠地:
川崎球場
1978 - 1991
千葉ロッテマリーンズの本拠地
1992 - 現在
次本拠地:
n/a
-

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