ボーイスカウト
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ボーイスカウト(英語:the Boy Scouts(従来の英語名称 the Boy Scout Association から))とは、世界規模の青少年団体の名称である。
なお、ボーイスカウトやガールスカウトで活動すること、またその活動と理念をスカウト運動(Scouting、スカウティング)と呼ぶ。
目次
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[編集] 概要
ボーイスカウトはイギリスの退役軍人のロバート・ベーデン=パウエル卿(以下 B-P と表記)が、イギリスの行く末を懸念し、将来を託すことの出来る青少年の健全育成を目指して創設した青少年運動である。
実社会で先駆的な立場に立てるように、身体を実際に動かし、形に囚われない戸外活動を通じて心身ともに健全な青少年の育成と教育を目的とする。なお「スカウト」とは「偵察」「斥候」の意。
「スカウト運動」のバイブルとされるB-Pの著書『スカウティング・フォア・ボーイズ』によれば、スカウト運動の基本は、人格 (Character) 、健康 (Health) 、技能 (Handicraft) 、奉仕 (Service) の四つであるとされる。
[編集] 沿革
[編集] 発祥
1903年、B-P(当時は陸軍中将)が赴任先のアフリカからイギリスに凱旋帰国したとき、彼が陸軍大佐だった1899年に書いた『Aids to Scouting for N.-C.Os and Men』という軍人向けの斥候の手引き書が、多くの学校で、教育教材として使用され、少年たちにも評判が良いことを知った。しかしその本は元々軍人に向けて書いたものなので、少年を対象読者とする本ならば、さらに大きな効果を上げられると思い、青少年教育に関する研究を始めた。1906年には、彼の考えをまとめた草案を、陸軍、海軍、教会、少年団 (Boys' Brigade (BB)) などに送り意見を求めたり、「シートン動物記」の著者であり、少年団ウッドクラフト・インディアンズ (Woodcraft Indians) の創始者であるアーネスト・トンプソン・シートンとも積極的に意見交換している。
1907年、それまでの研究を実証するために、B-P は8月1日から8日の日程で、イギリスのブラウンシー島に20名の少年たちを集めて実験キャンプ(このキャンプには21名の少年が参加するはずであったが、一人の少年が体調を崩したため20名で行われた)を行い、それを基に、1908年に『スカウティング・フォア・ボーイズ』(原題:Scouting for Boys、「少年のための斥候術」といった意味)という本(六分冊として発行され、後に一冊にまとめられた)を刊行した。この本が大きな反響を呼び、本を読んだ少年たちは自発的に組織(パトロール/班)を形成して善行を始めた。これがボーイスカウト運動の原点・発祥とされている。(このように、スカウト運動は少年たちの自発活動によって始まったが、世界スカウト機構 (WOSM) では、便宜上、1907年8月1日をスカウト運動発祥の日と定めている。)
この「スカウティング・フォア・ボーイズ」は、元々ボーイ隊年齢相当の少年を対象読者として書かれたものであったが、現在では「指導者や保護者が現代のスカウト達にスカウティングを如何に伝えていくか」について説いた、指導者や保護者にとってのバイブル的な書としても扱われている。
B-P がボーイスカウトのシステムを考案するにあたっては様々な要素が取り入れられている。最も基礎となっているものは、彼が軍隊時代に身に着けた、それまでの硬直した教育システムから逸脱した創意工夫と自由の精神であるが、「スカウティング・フォア・ボーイズ」や「ローバーリング・ツー・サクセス」からも読み取れるように、ズールー人の狩猟方法や歌、アフリカの諸部族で少年を訓練する方法、自身が構築した南アフリカ警察隊の訓練法、シートンが始めた青少年活動・ウッドクラフト(森林生活法)、中世ヨーロッパの騎士道、日本の武士道などさまざまな要素が取り込まれている。
その代表的な物のひとつが、ウッドバッジ実修所(隊指導者の上級研修)修了者に付与される修了記章「ウッドバッジ」で、アフリカで軍務についていたころにB-Pがズールー族の族長から戦利品として手に入れたアクセサリー(木製のビーズを紐でつなげた長い首飾り)をばらして、研修修了の記念として一粒ずつ修了者にわたしたものである。
第一次世界大戦が終わり、誰も予想できなかった莫大な戦死者の数によってヨーロッパ中に厭戦的な気分が蔓延しため、「少年の斥候兵(スカウト)」というやや戦争翼賛的な方向を修正し、国際的で平和的な野外活動に手直しされた。
しかし、本家であるスカウト運動には軌道修正がおこなわれたものの、この発想はその他の国々でさまざまなイデオロギーに転用されることとなった。第二次世界大戦以前のナチス・ドイツではヒトラーユーゲント、ムッソリーニ政権下のイタリアではバリッラ少年団、ソ連ではピオネール、中華人民共和国では少年先鋒隊として、2,000万人からの子どもたちが赤いスカーフを首に巻いている[注釈 1]。
日本においては、第二次世界大戦以前から活動が開始されていた(後述)が、敗戦後の占領政策により活動禁止処分を受けた。しかし、日銀総裁・三島弥太郎の長男で旧伯爵であった三島通陽および、元朝日新聞記者の村山有が中心となっておこなわれたダグラス・マッカーサー元帥あての請願によって活動の再開が許可され、一般への普及が図られた[1]。
[編集] 年表
- 1899年 当時、陸軍大佐だったB-Pは、『Aids to Scouting for N.-C.Os and Men』という軍人向けの斥候の手引き書を執筆。
- 1906年 B-Pは青少年教育に関する彼の考えをまとめた草案を、陸軍、海軍、教会、少年団ボーイズ・ブリゲード (Boys' Brigade (BB)) などに送り意見を求めた。その内の1通がBBの教育方針に従って編集者が大幅にカットしたダイジェスト版として、機関紙『ボーイズ・ブリゲード・ガゼット』 (Boys' Brigade Gazette) に紹介された。(その中で初めて「スカウティング・フォア・ボーイズ」 (Scouting for Boys) という言葉が使われた)
- 1907年8月1日 B-Pによるブラウンシー島での実験キャンプ(スカウトの最初のキャンプ)。
- 1908年 1月から隔週で『スカウティング・フォア・ボーイズ』を各70ページ程度の6分冊として刊行。5月に1冊にまとめられたハードカバー版が出版された。ボーイスカウト英国本部設立。機関紙「ザ・スカウト」の創刊。
- 1909年 スカウト運動がアメリカへ伝わる(「無名スカウトの善行」)。
- 1910年 米国ボーイスカウト連盟が設立。B-Pの妹であるアグネス・ベーデン=パウエルが、ガールガイド(ガールスカウト)を発足。
- 1916年 「 The Wolf Cub’s Handbook 」出版。ウルフカブ(カブスカウト)はじまる。
- 1918年 ローバースカウトはじまる。
- 1919年 ギルウェル指導者実修所(ギルウェル・パーク)開設。
- 1920年 ロンドンで第1回世界ジャンボリー開催。そこでB-Pが「世界の総長」に選出される。
- 1924年 国際スカウト会議(コペンハーゲン)で「スカウト教育はいかなる宗教の上にも成り立つ」という宗教的普遍性が宣言される(コペンハーゲン宣言)。
- 1990年 第32回世界スカウト会議(パリ)において、「スカウティングにおける成人」 (Adults in Scouting) の原理が文章化され、「世界成人資源方針」(アダルトリソーシズ方針、 World Adult Resources Policy )が制定された。
- 1999年 第35回世界スカウト会議(南アフリカ・ダーバン)において「スカウト運動における少年少女と男女に関する方針」 (Policy on Girls and Boys,Women and Men within The Scout Movement) が発表され、『スカウト運動は(ジェンダーにかかわりなく)すべての若者に開かれたものである』旨が追認された。
- 2007年 スカウト運動100周年。第21回世界スカウトジャンボリー(7月27日から8月8日まで)がイギリスで開催された。また、ジャンボリー期間中の8月1日午前8時(西ヨーロッパ夏時間 UTC+1)には、ブラウンシー島で100周年記念式典「サンライズ・セレモニー」が行われ、BBCやインターネットを通じて世界中に放送された。
[編集] スカウト運動
世界的組織である「世界スカウト機構」 (WOSM, World Organization of the Scout Movement) には、155カ国と26地域のスカウト組織が加盟しており、事務局はスイス連邦のジュネーヴにある。
2006年現在、世界スカウト機構 (WOSM) に加盟している181の国と地域の他、加盟していない35カ国を合わせ、216の国と地域で活動が行われており、参加総人口は2,800万人にのぼる[2]。ボーイスカウト運動がこれほどにまで広がった背景には、ボーイスカウト運動が宗教の多様性、さらには各々の宗教の尊厳を認めていることがあげられる。これにより、イギリス発祥のボーイスカウト運動がアジア、アフリカ、イスラム圏など、世界中に広まっていったと言える。
ボーイスカウト運動の本家ともいえるイギリスでは、4Hクラブ、アウトワード・バウンドと並んで青少年の社会教育活動の3本柱のひとつとされている。
日本では、海洋少年団(主たる活動の場を海上としている)とともに、代表的な青少年の社会教育活動のひとつとして位置付けられている。
ソ連下では活動が禁止されていた(代わりにピオネール)が、現在では活動が広く認められている(なお、ユーラシア地域は旧ソ連諸国のために冷戦崩壊後に設立された)。
現在もなお法的に活動を禁止されている国は以下の6カ国。この6カ国以外では、全ての地域においてスカウト活動が展開されている。
[編集] ボーイスカウト日本連盟
財団法人ボーイスカウト日本連盟は、文部科学省所管の公益法人(財団法人)である。ボーイスカウト日本連盟の英語表記は、 Scout Association of Japan である。これにボーイ (boy) がつかないのは、ボーイスカウト日本連盟が全ての部門で女子の加盟登録を認めているからである。世界的にも、正式名称に「ボーイ」を取り入れているのは、イスラム圏の国々を始めごく少数である(→ジェンダーフリーを参照)。 ボーイスカウト日本連盟では、今後日本語の名称についても「ボーイ」という呼称を削除する方向で検討することになっている。
[編集] 沿革
- 1908年 日本にボーイスカウト運動が伝わる。
- 1910年 文部省督学官として英国留学から帰国した蒲生保郷が、英国ボーイスカウトに関する書籍を桂太郎首相と小松原英太郎文部大臣に贈呈し、政府に「日本でも少年団活動を検討すべし」との建白書を提出する。
- 1911年
- 1912年4月 世界一周旅行中のB-Pが日本を訪問。グリフィン隊を視察。
- 1913年 東京で小柴博らによって「少年軍」が設立(この“軍”は、いわゆる軍隊ではなく、救世軍を意図したもの)。大阪基督教青年会(YMCA)内でジョージ・グリーソン (George Gleason) によりスカウト活動を展開(「大阪少年義勇団」の母体)。
- 1914年
- 8月 深尾韶が静岡で「静岡少年団」を創設。
- 9月5日 「大阪少年義勇団」が正式に発会。
- 12月 東京の「少年軍」が「東京少年団」に改称。
- 1915年11月1日 大正天皇即位大礼の記念事業として、少年に対する社会教育事業の創設の議が有志者の間に起こり、その一環として「京都少年義勇軍」の結団式が平安神宮で行われる。
- 1916年8月 京都少年義勇軍によって日本のボーイスカウトによる初野営(キャンプ)が琵琶湖畔の雄松崎(滋賀県志賀町)で行われる(現在、同地には『日本ボーイスカウト初野営の地』記念碑が建てられている)。
- 1917年 訪英した二荒芳徳がスカウト本部を訪問。
- 1920年 第1回世界ジャンボリー。
- 1921年 ロンドンにおいて、昭和天皇(当時は皇太子)にB-Pが謁見し、英国ボーイスカウトの最高功労章であるシルバーウルフ章を贈呈する。
- 1922年
- 1923年
- 1924年
- 1925年 第1回指導者訓練所を山中湖畔で開設。ちかい(宣誓)とおきて(12項目)を制定。
- 1928年 日本連盟加盟規則の改訂。これにより、連盟に加盟する団体を3つ(ボーイスカウトの宣誓とおきてを採用した諸団体、前項と同様の海洋諸団体、それ以外の団体)に分ける、いわゆる“三部制”がしかれる。
- 1929年 第3回世界ジャンボリーに佐野常羽以下28名が参加。
- 1931年 佐野常羽がB-Pよりシルバーウルフ章を贈られる(同章を受けた日本人は昭和天皇と佐野の2名のみである)。
- 1932年 "三指礼問題"が勃発(当時の反米反英世論にのった軍関係者が、「敬礼とは五指であるべきで、英国かぶれの三指礼はやめるべきだ」とボーイスカウトの三指礼を批判・攻撃。同年10月20日の大阪毎日新聞に同趣旨の記事が掲載される)。
- 1935年 7月 少年団日本連盟が財団法人化して「大日本少年団連盟」に改称。
- 1938年 海洋健児部が「大日本海洋少年団連盟」として分離発足。
- 1941年 1月 政府の方針により、大日本少年団連盟、大日本青年団、大日本連合女子青年団、帝国少年団協会を解体し「大日本青少年団」に統合。初代団長は文部大臣・橋田邦彦。
- 1942年 6月 大日本青少年団が大政翼賛会の傘下となる。少年団体の統合に反対する旧・日本少年団連盟関係者が「財団法人健志会」を発足。
- 1945年
- 6月 大日本青少年団が解散し、全団員は「大日本学徒隊」に再編される。
- 8月15日 第二次世界大戦が終戦。
- 1946年
- 1947年 1月 GHQの許可を受け、東京と横浜で活動再開。
- 1949年
- 1950年
- 1951年 三島通陽が第4代総長に就任。1級スカウトの上に菊、隼、不二(富士)スカウトが出来る。
- 1952年 カブ、シニアー、ローバーの各プログラムを制定。
- 1956年 第1回日本ジャンボリー開催(軽井沢)。
- 1962年 B-P夫人(オレブ・ベーデン=パウエル)が来日(訪日は1962年と1966年の2回。1963年には日本政府から勲一等瑞宝章が授与された)。
- 1971年8月 第13回世界ジャンボリーが日本(静岡県富士宮市)で開催され、富士山麓朝霧高原に87カ国約23000人の青少年が集った。その跡地には静岡県立朝霧野外活動センターが建立されている。また同年、第23回ボーイスカウト世界会議が東京で開催され、昭和天皇が臨席した。
- 1972年 ボーイスカウト日本連盟創立50周年。沖縄のボーイスカウトが日本連盟へ正式移管される。
- 1973年 第1回日本アグーナリー(国際障害スカウトキャンプ大会)開催(愛知青少年公園、現在:愛・地球博記念公園)。
- 1984年 第1回シニアースカウト大会(日本ベンチャー)開催。(南蔵王山麓)
- 1986年 ビーバー隊を発足(翌年、「ビーバースカウト」と改称)。
- 1988年 12項目あった「おきて」が8項目に整理統合される。
- 1991年 9月15日を「スカウトの日」として制定し、全国的な奉仕活動を展開する日とした。ローバースカウト部門(18歳以上)への女子の参加が認められる。
- 1995年 ビーバー隊から指導者までのすべての部門において、女子の加盟登録が認められる。
- 1996年 財政確立の一手段として、ボーイスカウトカード(クレジットカード)の発行を開始。
- 2007年 第21回世界スカウトジャンボリーがスカウト運動100周年を記念して英国で開催(参加者は4万人で過去最大)。日本からは1518人のスカウト(リーダー、IST含む)が派遣隊として参加。
[編集] 構成
年齢によって
- ビーバースカウト(小学校入学直前の9月 - 小学校2年生9月)
- 就学前の幼稚園年長組相当児については、通常は小学校入学直前の1月から受け入れることになっているが、指導者が適切な研修を受け、スカウトの安全に対し十分に対応でき、スムーズな入隊と仲間作りをサポートできるなど、隊および団が対応できる場合は、就学前年の9月から受け入れることができる。
- 活動自体は、幼稚園児・保育園児から小学2年生まで同じ活動をするが、その中でも小学2年生は、ビッグビーバーとなり、カブスカウトへ上進する準備期間であると共に、年下のビーバー隊のスカウトの面倒もみる。
- カブスカウトよりも幼い児童にもスカウト活動を、との声が広がったことと、カブ隊のスカウト(とその親)に同行して弟もついでにカブに入隊する事が出来ないかという声が多かったこと、また外国でも同様の現象がみられ既にビーバースカウト年齢相当の隊を発足している国がいくつかあったことなどから、この制度が導入された。ビーバースカウト制度はもともとカナダ連盟のもので、それに倣い、日本の子どもにも対応できるプログラムを研究して日本で発足させたもの。この制度を日本連盟に採用する際に新たな呼称を作ろうとしたが、日本らしい動物の名称が見つからなかったため、カナダ連盟の“ビーバー”の名をそのまま使うこととなった。
- 小学校2年生の9月以降は上進準備のためにカブ隊で「りすの道」の課程を履修することができる。上進の時期については各隊・団が独自に決めることができるが、小学校2年生を修了した後は、ビーバー隊に留まることはできない。
- カブスカウト(小学校2年生9月 - 小学校5年生9月)
- カブとは「(オオカミ、クマなどの)獣の子ども」の事である。そのため国によっては“ウルフ・カブ”とも呼ばれる。
- カブ隊では、カブスカウトたちの自然な仲間の集団として組長(ボス)を中心とする組(デン)を作り、兄貴分であるデンコーチ(ボーイスカウト)と、よき理解者であるデンリーダー(保護者などの成人指導者)が補佐するという形の班制教育を行う。(デンとはDenで獣の巣)
- 進歩制度としては、年齢により区分された必修科目のステップ章と、興味のある分野に挑戦する選択科目のチャレンジ章がある。ステップ章には動物の名前が設定されており、入隊後すぐに「りすの道」の課程を履修した後、小学校2年の9月から小学校3年の8月までは「うさぎ」の課程、小学校3年の9月から小学校4年の8月までは「しか」の課程、小学校4年の9月以降は「くま」の課程を履修し、各課程を修了するとクリア章(完修章)がもらえる(各ステップ章は、期間内に修了することが望ましいが、たとえ修了しなくても期間が過ぎれば次のステップ章の課程に進まなければならない)。
- 小学校5年生になると、ボーイ隊への上進準備のため上進章を着用し、カブ隊とボーイ隊の指導者の協力により運営される「上進章集会」に参加して上進章課目を履修する。上進章集会に参加する「くまスカウト」たちを、カブコールの歌詞に残っている旧課程の呼称で「月の輪熊(つきのわぐま)」と呼んだり、上進章集会を「月の輪組集会」や「月の輪班集会」と呼ぶ隊も多い。なお、上進の時期については小学校5年生の9月以降で各隊・団が独自に決めることができるが、小学校5年生を修了した後は、カブ隊に留まることはできない。
- ボーイスカウト(小学校5年生9月 - 中学校3年生9月)
- スカウト運動は班制教育、進歩制度、野外活動という3つの柱によって各年齢層に合ったプログラムが作られており、これは全ての部門において共通だが、ボーイスカウト部門はその中核をなしている。班制教育では班長と班員という構成で団体行動を学び、進歩制度では個人としての技量を鍛える。年齢に関係なく入隊したスカウトは、ボーイスカウトバッジを着用し、初級スカウト、2級スカウト、1級スカウト、菊スカウトへの進級を目指す。進級する際、必ず隊長や団関係者と面接を行う。ボーイスカウト部門の進歩制度における最高のランクとして設定されているのが菊スカウト章(きくすかうとしょう)で、取得者は「菊スカウト」と呼ばれる。菊スカウトへの面接は地区の面接を行う。2級スカウトになって初めて一人前のスカウトとみなされ、日本ジャンボリー等への参加条件となる。
- その他に、ターゲットバッジ、マスターバッジ、技能章という特定分野への選択科目も設定されている(技能章はベンチャー隊と共通)。
- ベンチャー隊への上進の時期については、中学校3年生以降で各隊・団が独自に決めることができるが、中学校3年生を修了した後は、ボーイ隊に留まることはできない。
- ベンチャースカウト(中学校3年生9月 - 20歳未満)
- 旧シニアースカウト。旧制度におけるシニアースカウトは、「自主性」という点において充分なプログラムであったとは言えなかったため、ベンチャースカウトへと発展的に解消された。
- ベンチャースカウトは、ボーイスカウトと異なりプロジェクトに対して自主的な企画・計画、実行、評価・反省、報告が求められている。この一連のサイクルが評価された場合は、プロジェクトアワードが授与される(社会・地球環境、国際文化、高度な野外活動、体力づくり・スポーツ、文化活動、専門分野の探究、奉仕活動の7分野から成る)。
- ボーイスカウトのような班制度はないが、活動ごとに活動チームという小グループを編成し、チーフを中心に自治を行うという形で班制教育を行う。また進歩制度では、年齢にかかわらず入隊後にベンチャーバッジを着用し、ベンチャー章、富士章(ふじしょう)の取得を目指す。ベンチャースカウト部門では富士章がその最高ランクとして設定されている。(シニアースカウト部門では、富士章の前段階として隼章(はやぶさしょう)が設定されていたが、ベンチャースカウト部門への移行に伴い廃止された)。その他に、技能章という特定分野への選択科目も設定されている(ボーイ隊と共通)。
- ベンチャー隊のベンチャーは、「ベンチャー企業」の言い方に見られるように、チャレンジ精神旺盛な青年が冒険をしている姿をイメージしている。
- 18歳に達したスカウトは、団委員長の許可があれば、ローバー隊へ上進することができる。ただし、20歳に達したスカウトはベンチャー隊に留まることはできない。なお、ベンチャー隊に留まるか、ローバー隊に上進するかの選択は、スカウト自身の希望や団の状況、地区・都道府県連盟のガイドラインや地域の特性を考慮したうえで判断することが望ましい。
- ローバースカウト(18歳以上)
- ローバー隊は自ら自治規則(憲章)を設定し、隊(クルー)の型を決め、自治原則により運営される。
- ローバー隊の活動は、ローバースカウト自らが実施する自己研鑽と、隊(クルーまたはグループ)が行う奉仕活動、社交活動及びその他のプログラム活動とによって行われる。
- ローバー隊のローバーには、「さすらう」「漂流する」という意味があり、自己の研鑽をする事をイメージしている。B-Pの著書「ローバーリング ツー サクセス」 (Rovering to Success, 1922) から命名された。
という5つの部門に分かれ、活動を行っている。
[編集] ボーイスカウトの少女・女性とガールスカウトとの関係
日本のボーイスカウト運動における女性の参加は、カブ隊におけるデンマザーのように、限られた役割を果たしているだけであったが、世界スカウト会議における「スカウティングにおける成人」および「スカウト運動における少年少女と男女に関する方針」を受けて、日本でも女性の指導者と少女のスカウトが誕生した。その背景には、女性の社会進出や男尊女卑の撤廃、女性ならではのソフト面の対応への期待等があげられる。
ガールスカウトは、ボーイスカウトの目標(良き社会人の育成)に加えて、「自立した女性の育成」という目標ももっているため、受け入れの対象は少女のみであり、特に少年に対応したプログラムはもたない。一方、ボーイスカウトは、少女の受け入れをしており、裁縫・料理・介護・応急処置などの、いわゆる女性的なプログラムをもつ。しかし、全ては良き社会人となるためのプログラムであるため、少年だからやらない・少女だからやる、という区別はない。なお、ガールスカウト日本連盟の英語表記は、「 Girl Scouts of Japan 」であり、ボーイスカウトに「 boy 」が入らないのに対して、ガールスカウトには「 girl 」が入る。
ボーイスカウトの団の中には、少女がいる隊には女性のリーダーを必ず配置したり、キャンプ等の際、女子専用のテントを増設したりする等、少女に対して配慮をしている団も存在する。ただし、まだ少女の受け入れをしていない団もあり、それはその団のカラーであり特色であるとして容認されている。
ボーイスカウトとガールスカウト(ガールガイド)はルーツが同じである為、共通する事項も多い。
- モットーはどちらも同じ「そなえよつねに」である。
- スローガンは、ボーイスカウトは『日日の善行』、ガールスカウトは、『一日一善』だが、 英語表記では、Daily Good Turn. または Do a good turn daily.と共通しており、意味は同じである。
- 入団式を経た後に初めてスカウトの象徴である「制服」と「ネッカチーフ」の着用を許される。
- 団によってネッカチーフの色やデザインが異なる。
[編集] 活動
- キャンプやハイキングなどの戸外活動のほかに、地域への社会奉仕(ボランティア)活動も行なっている。地域の教会、神社、寺院などを拠点に活動が行われている場合もあり、また時にロータリークラブやライオンズクラブなどと共同して社会奉仕活動に参加することもある。このような社会奉仕活動は「目的」なのではなく、青少年育成の「手段」として行われる。9月15日は、「スカウトの日」とされており、ボランティア活動をする団が多い。
- 4年ごとの夏に日本ジャンボリーと呼ばれる2万人規模のボーイ隊の大会が行われる。最近の開催は2006年、場所は石川県珠洲市。次回は2010年、静岡県朝霧高原で行われる。この他、4年ごとにムート(野外活動を中心に討論なども含めた大会)が開催される。最近のものとして2005年8月19日から24日にかけて、スカウトムート2005が山梨県の山中野営場で開催された。
- 4年ごとの夏に世界ジャンボリーや、ベンチャースカウトにはベンチャースカウト大会 (NV) が開催されるが、生まれ年によってはいずれも参加できない不運なスカウトもいる。
- 障害児にもスカウト運動の門戸は開かれており、障害児専門の団もある。日本アグーナリー(国際障害スカウトキャンプ大会)も開かれている(ボーイ隊のジャンボリーに相応する)。
- 毎年10月に、JOTA(ジャンボリー・オン・ジ・エア)といわれる無線によってスカウト同士で交流する大会が開かれる。また、それと同時に、JOTI(ジャンボリー・オン・ジ・インターネット)というインターネットにより世界中のスカウトと交流する催しも開かれる。
[編集] ちかいとおきて
ボーイスカウトには、その活動の支柱となる三つのちかい (Scout Promise) と8つのおきて (Scout Law) がある。
スカウトのちかい/カブスカウトのやくそく/ビーバースカウトのやくそくは、良き社会人のもつべき信条であり、スカウトのおきて/カブ隊のさだめ/ビーバー隊のきまりは、より具体的な内容を示している。
カブスカウトやビーバースカウトにとっては、三つの「ちかい」と八つの「おきて」の内容に理解が難しい部分がある為、歳相応の分かりやすい言葉に噛み砕いたものが「カブスカウトのやくそく/ビーバースカウトのやくそく」であり、「カブ隊のさだめ/ビーバー隊のきまり」である。
なお、「ちかい」の部分は世界各国のスカウト連盟においてほぼ差がない。しかし、おきてについては国によって微妙に異なっており、その数も八つとは限らない。
[編集] スカウトのちかい
[編集] スカウトのおきて
- スカウトは誠実である
- スカウトは、信頼される人になります。
- 真心をこめて、自分のつとめを果たし、名誉を保つ努力をします。
- スカウトは友情にあつい
- スカウトは、きょうだいとして仲よく助け合います。
- すべての人を友とし、相手の立場や、考え方を尊重し、思いやりのある人になります。
- スカウトは礼儀正しい
- スカウトは、規律正しい生活をし、目上の人を敬います。
- 言葉づかいや制服に気をつけ、行いを正しくします。
- スカウトは親切である
- スカウトは、すべての人の力になります。
- 幼いもの、年寄り、体の不自由な人をいたわり、動植物にもやさしくします。
- スカウトは快活である
- スカウトは、明るく、朗らかに、いつも笑顔でいます。
- 不平不満を言わず、元気よく、進んでものごとを行います。
- スカウトは質素である
- スカウトは、物や時間を大切にします。
- むだをはぶき、ぜいたくをせず、役立つものは活用します。
- スカウトは勇敢である
- スカウトは、勇気をもって、正しく行動します。
- どんな困難なことがあってもくじけずに、新しい道をきり開きます。
- スカウトは感謝の心を持つ
- スカウトは、信仰をあつくし、自然と社会の恵みに感謝します。
- お礼の心で、自然をいつくしみ、社会に奉仕します。
なお、創立当初よりのおきては12項目あったが1988年に現在の8項目へ整理統合された。以前の 12項目のおきては米国スカウト連盟 (Boy Scouts of America) が現在も使用しているものに近く、それらは順に「誠実である」「忠節を尽くす」「人の力になる」「友誼に厚い」「礼儀正しい」「親切である」「従順である」「快活である」「質素である」「勇敢である」「純潔である」「つつしみ深い」となっていた。
[編集] カブスカウトのやくそく
- ぼく(わたくし)はまじめにしっかりやります
- カブ隊のさだめを守ります
[編集] カブ隊のさだめ
- カブスカウトは すなおであります
- カブスカウトは 自分のことを自分でします
- カブスカウトは たがいに助けあいます
- カブスカウトは おさないものをいたわります
- カブスカウトは すすんでよいことをします
[編集] ビーバースカウトのやくそく
- ぼく(わたくし)はみんなとなかよくします
- ビーバー隊のきまりをまもります
[編集] ビーバー隊のきまり
- ビーバースカウトは げんきにあそびます
- ビーバースカウトは ものをたいせつにします
- ビーバースカウトは よいことをします
[編集] モットーとスローガン
スカウトのモットー(規範)は、『そなえよつねに』(備えよ常に、Be Prepared)。
「いつなん時、いかなる場所で、いかなる事が起こった場合でも 善処が出来るように、常々準備を怠ることなかれ」という意味である。
ビーバースカウトのモットーは『なかよし』、カブスカウトのモットーは、『いつも元気』である。
スローガンは、『日日の善行』(一日一善、 Daily Good Turn. または Do a good turn daily. )。
この『日日の善行』のような言葉が、ボーイスカウトの逸話『アンノウン・スカウト(無名スカウトの善行)』に登場する。
[編集] 敬礼とサイン
[編集] ボーイ隊以上
「ちかい」の3項目にちなみ、3本指(人差し指・中指・薬指)だけを伸ばした挙手注目の敬礼が、礼式の一つとして定められている(三指(さんし)の敬礼、三指礼(さんしれい)と呼ばれる)。
この三指の敬礼については、「無名のスカウト戦士( Unknown Soldier 。注:無名スカウトの善行 (Unknown Scout Story) とは別)」という逸話が残っている。第二次世界大戦末期、戦場で負傷し身動きできなくなった米軍兵士が日本兵と遭遇した。意識を失った彼を日本兵は殺さず、傷の手当てをして立ち去った。米軍兵士の手元に残されていたメモには、「私は君を刺そうとした日本兵だ。君が三指礼をしているのをみて、私も子供の頃、スカウトだったことを思い出した。どうして君を殺せるだろうか。傷には応急処置をしておいた。グッド・ラック。」と英語で記されていた。スカウトだった米軍兵士は、死に瀕して無意識に三指の敬礼をしていたのであった。このエピソードがアメリカ大統領に伝わり、当時の日本の少年団(現在のボーイスカウト日本連盟)に問い合わせがあったが名乗り出る者はいなかった(この日本兵は戦死したのではないかと言われている)。後に、日本中のスカウトの募金によって、神奈川県横浜市の「こどもの国」にこの無名のスカウト戦士の記念像が建立された(無名スカウト戦士の記念像の作製の際に作られた木製の原版は、栃木県那須野営場入り口に鎮座してある)。
ちなみにスカウト同士の手紙では、拝啓と同様の扱いとして「三指」を、敬具と同様の扱いとして「弥栄」という字を添え、敬意を相手に伝えることが多い。
[編集] カブスカウト
「カブ隊の約束」にちなみ、2本指(人差し指・中指)だけを離して伸ばし、挙手。2本の指を開きV字にするのは、2本の指を動物の耳と見立てているためである。
[編集] ビーバースカウト
「ビーバー隊の約束」にちなみ、2本指(人差し指・中指)だけをくっ付けて伸ばし、挙手。
[編集] 祝声
世界各国のスカウトは自国語の祝声(Cheer、他者を祝賀、賞賛する際や、再会を約して別れる折などに唱和する掛け声のこと。一般に用いられる万歳のようなもの)を持っている。
ボーイスカウト日本連盟の祝声は、弥栄(いやさか)である。
またこの祝声はギルウェル指導者訓練所の祝声としても用いられている。これは、1924年、ギルウェル指導者訓練所の所長であったJ・S・ウィルソンから、その時入所していた13国の指導者全員に、各国のスカウト祝声を披露するようにとの命令があった。このとき日本から参加していた佐野常羽が「弥栄」を披露し、「ますます栄える(More Glorious)」という意味であることを説明したところ、ウィルソン所長は、「発声は日本のものが一番よい。そのうえ哲学が入っているのが良い」と賞賛し、以後、ギルウェル訓練所の祝声を「弥栄」とすることに定められたものである。
[編集] 組織
[編集] 全国組織
- 理事会
- 常任理事会
- 中央名誉会議
- 委員会
- 評議員会
- 教育本部
- 教育本部コミッショナー
- 教育本部会議
- 常任教育本部会議
- 常設委員会
- 特別委員会
[編集] 都道府県連盟
47都道府県にそれぞれ1連盟、計47連盟がある(なお、「東京連盟」「滋賀連盟」といったように「○○連盟」と名乗る連盟と、「埼玉県連盟」「山口県連盟」といったように「○○県連盟」と名乗る連盟がある)。
[編集] 地区
都道府県連盟は、地域の実状により、連盟の運営を円滑にするために「地区」を設置できる。地区は数個〜十数個の団から構成される(例:渋谷地区、大多摩地区など)。
[編集] 団・隊
青少年に対しスカウト教育を実施する単位を「隊」といい、運営の単位を「団」という(例:三鷹第1団、大阪第164団など)。団は団委員会及びビーバーからローバーまでの各隊をもって標準とする。
- ジャンボリーなどの際に編成される隊は、スカウト8名の班を4つと指導者8名の計40名で構成される。
団は特定の地域を本拠として設置されている(市町村、区、あるいは学区など、本拠としている地域はそれぞれの団によって異なる)。ただし、特定の宗教を本拠としている団や、大学のサークル(大学ローバー)として大学を本拠としている団もある(例:京都第65団は八坂神社、千代田第3団は中央大学を本拠としている)。
ビーバー隊からカブ隊、カブ隊からボーイ隊、ボーイ隊からベンチャー隊、ベンチャー隊からローバー隊に進級することを、上進(じょうしん)という。
[編集] 班
スカウト活動の基本にして最小単位は「班」である(カブ隊では「組」と呼称される)。年長の少年あるいは青年を班長とし、彼を含め9名がひとつの班を構成する(これを班制度/パトロール・システムと呼ぶ)。数個の班が集まって隊を、隊が集まって団を形成する。伝統的に各班には動物や鳥の名前がつけられ、決まったものは原則的に変わらない。
[編集] 団委員会
団委員は通常5人以上おり、各人に仕事を割り振るため、また団の現状を把握するために団委員会という会議を行う団もある。その際の議長は団委員長がつとめる。スカウトの教育訓練はリーダーが行うため、直接団委員会が携わることはない。しかし、
- 団内の資産の管理
- 団の財政についての責任
- 団行事(夏期野営実施など)についての便宜
- リーダーの選任やリーダーの訓練への便宜
- スカウトの進歩の促進
- 入団・退団・上進・団の加盟登録などの手続き
- スカウトの健康や安全
などについては団委員会がこれを行う。 団によっては、リーダーと団委員を兼任している者もいる。
[編集] 指導者
- スカウトの指導者は、一定の講習を受講した者に限られる。
- ボーイスカウト講習会(1日7時間15分が基本):修了者には指導者手帳が交付され、導入訓練修了章(胸章(若草色に銀色の綱))が授与される。
- ウッドバッジ研修所(事前課題研修、及び3泊4日のキャンプ):ボーイスカウト講習会修了した加盟員に限り受講可能。各都道府県連盟が開設。各部門用のプログラムがある(ビーバー、カブ、ボーイ、ベンチャー、及びローバーの5部門)。修了者には、基礎訓練修了章(胸章(各部門を表す色に銀色の綱))及びウォッグル(皮紐製のチーフリング)が授与される。
- ウッドバッジ実修所(事前課題研修、5泊6日のキャンプ、及び3ヶ月以上の奉仕実績訓練):加盟員で各部門で1年以上の隊長経験があり、ウッドバッジ研修所修了者に限り受講可能。日本連盟が開設。各部門用のプログラムがある(ビーバー、カブ、ボーイ、及びベンチャーの4部門)。修了者には、上級訓練修了章(胸章(各部門を表す色に金色の綱))とウッドバッジ、及びギルウェルスカーフが授与される。
- その他に、成人指導者訓練として団運営研修所、トレーナーコースなどがある。
- ウッドバッジ研修所・ウッドバッジ実修所は、野営と呼ばれる野外でのキャンプを通して行われる。ビーバー部門は自分のことがまだ自分でできないスカウトもいるため基本的にお泊り禁止、カブ部門は舎営と呼ばれる室内でのお泊りが原則であるが、リーダーはスカウトに自然のすばらしさを伝えるために、あえて野営で研修を受ける。
- カブ隊では組の指導者(組全体の保護者的な色彩が強い)としてデンリーダーが存在する。デンリーダーはカブスカウトの保護者から選出され、ボーイスカウト講習会を終了しているかどうかは問われない。以前はデンマザー・デンダッドと呼ばれていた。
- ボーイ隊のスカウトが、デンコーチ(デンチーフ)としてカブ隊につくことがある。これはスカウト活動における奉仕活動の一例である。
- デン (den) とは「動物の巣穴」の意味である。
- ビーバー隊ではリーダー補佐として、ボーイスカウト講習を終了していない保護者が補助員として隊につくことがある。
- 指導者は無報酬のボランティアである。県連盟や日本連盟には専従の職員がいるがそれは全体のごく僅かで、ボーイスカウトに携わる者のほとんどは無報酬である。
- ローバー隊だった元スカウトがリーダーをする場合とスカウトの親がデンリーダーを経てリーダーになる場合が多い。
- 一般的に、ボーイスカウトやガールスカウトの活動には手がかかり、いわゆる「習い事」と比べて保護者の負担が重い、と勘違いされることが多い。しかし実際は、団委員やリーダーが無償のボランティアとして組織運営を引き受けているため、保護者にかかる負担が著しく重いということはない。
[編集] コミッショナー
日本連盟や各県にはそれぞれコミッショナーがいる。スカウト運動におけるコミッショナーとは、全国や地方の組織において、特定分野を担任して指導にあたる役員のことである(ただしその任務は各国によって違いがある)。
日本のボーイスカウトにおけるコミッショナーの任務は、スカウト運動の目的・原理・方法といった普遍的なものの周知・普及と、これらに則した適正な判断を行うことであり、スカウト運動の基幹である教育プログラムに関すること、青少年を支援する成人に関することなどの調整・実施・推進等を行うことである。また、このような任務から、コミッショナーは「良き社会人」であり「良き指導者」として模範を示す者でなければならないので、導入訓練として各課程のウッドバッジ実修所修了の他に、各コミッショナーの役割に応じて、コミッショナー研修所、コミッショナー実修所を修了することが必要である。
日本連盟(教育本部)には、
- 教育本部コミッショナー(1名)
- 教育本部副コミッショナー(若干名)
都道府県連盟には、
- 県連盟コミッショナー(1名)
- 県連盟副コミッショナー(担当任務につき必要数)
地区には、
- 地区コミッショナー(1名)
- 地区副コミッショナー(担当任務につき必要数)
- 団担当コミッショナー(概ね3〜5個団につき1名)
がそれぞれおかれている。
[編集] 各隊の教育指針
[編集] ビーバースカウト隊
該当年齢の児童を対象とする活動であり、隊の活動に参加することによって自然に親しみ、基本的生活技能や社会性、表現力等を伸ばし、カブスカウト隊への上進を目指す。また、親や学校の先生以外の異年齢の人々と接していく中で、自分が守られる為に他の大人や先輩を信頼し、団体行動を行う上での約束事を身につけて行くことも目標とされている。
[編集] カブスカウト隊
該当年齢の少年・少女を対象とする活動であり、家庭や近隣社会での生活指導及び組や隊の活動に参加することによってよき社会人としての基本を修得し、ボーイスカウト隊への上進を目指す。
[編集] ボーイスカウト隊
該当年齢の少年・少女を対象とする活動であり、班及び隊の活動に参加することによって自分の責務を果たし、野外活動を主とした体験学習を通してよき社会人たる資質の向上を図り、ベンチャースカウト隊への上進を目指す。
[編集] ベンチャースカウト隊
青年男女がスカウト運動の目的を達成するために、ちかいとおきての実践と、グループワークの手法を用いたプログラムを通して自ら考え行動し、その結果に責任を負うことができるよう育てることを目指す。 以前はシニアースカウトと言う名称であった。
[編集] ローバースカウト隊
青年男女が各自の生活において、ちかいとおきてをより強力に具現する機会を与えるとともに、自らの有為の生涯を築き、社会に奉仕する精神と体力を養うことを目指す。
[編集] 制服・正帽
各スカウトには制服、正帽、チーフ(後述)が存在する。
ボーイスカウトの制服は各国連盟によって異なるが、基本となっているのはB-Pが組織した南アフリカ警察隊の制服(やわらかい襟の上衣、半ズボン、チーフ、つばの広い帽子)。
[編集] チーフ
制服、正帽とともにスカウトの服装の象徴でもあるのがチーフ(ネッカチーフ)である。
チーフは二等辺三角形の布で出来ており、応急処置用の三角巾や埃よけのマスク、風呂敷など多目的に使用することもできる。チーフの色や模様はさまざまで、所属する団によって異なり、同じ団でも隊によって異なる場合もある。また、ジャンボリーなどの特別なイベント時のみに着用するチーフや、海外派遣時に着用するチーフ、各連盟事務局のチーフなどもあり、それらはすべて視覚的にスカウトの所属を表すものである。
日本のスカウトはこれを三角形の長辺から反対側の頂点方向に巻き、両端がとがった棒状にして用いる(海外のスカウトでは太くざっくりと巻くスタイルのものもあるが、日本では細く巻くスタイルが好まれている。チーフを極細に巻く事が出来る者は、同じ団や班の仲間からちょっと尊敬されるので、どれだけ細く巻けるか仲間同士で競うこともある)。これを首にかけ、両端をチーフリング(他国ではウォッグルとも言う)と呼ばれる小さな輪状の器具に通す。チーフリングを胸の前(鎖骨の合わせ目辺り)まで引き上げ、チーフを留める。海外ではチーフリングを用いずチーフを直接結ぶスカウトも多くいるが、日本ではほとんどの場合チーフリングが使用され、チーフリングを使わずに直接結ぶという方法はたいていの場合、だらしないものとみなされる。
チーフリングには一応正式なものが定められているが、装飾や記念品としての価値もあり、ジャンボリーやさまざまな行事に合わせて、特殊なデザインのものが作られている。また、個人の趣味・余技として自作されることもあり、ジャンボリーなどで他のスカウトと友情の印として交換されることもある。正式なものは真鍮などの安価な金属製であるが、チーフリングの作成に用いられる材料は、木材、皮革、牛などの動物の骨、細紐、ビニールやプラスチック、中には陶器製の物まであり、多種多様である。なお、チーフリングはその形状・材質によって外れやすいものもあるため、脱落防止に紐や脱落しにくいリングをもう一つ付ける場合もある。
ボーイスカウトの制服は、厳密に言えばワッペンの貼り付け方一つにいたるまで公式の規定が存在する。 そんな厳密な規定のある制服の中で、唯一自分の好きに着用できるのがチーフリングであり、 ある意味でスカウト達の「自己主張の場」となっている。 過度に華美なものや危険なもの、スカウト精神に反すると思われるようなものでなければ どのようなチーフリングをつけていても、スカウトの自由である。 中には指導者をも唸らせる自作のチーフリングを作るものも時々いる。
「日日の善行」を忘れないために、チーフの先端に一つ結び目を作り、何か善行をしたらそれを解く、ということもよく行われる。B-Pの肖像写真にもチーフの先端を結んだものが残っている。
[編集] ビーバースカウト
- 水色のキャップ
- 正面に水色の「ビーバー記章」をつける。
- 水色のポケットがついた茶色のベスト。
- 左ポケットに進級章(ビーバー・ビッグビーバー)と進歩記章(小枝章)をつける。
- 右胸に自分の所属する団の所在市町村、都道府県、団号数をつける。
- ベストの中には、冬場のトレーナーと夏場の半そでTシャツ(ただしこれは、団によって柔軟に運用され、私服が許されている団もある)。
- 茶色の半ズボン。
- 水色のソックス。
- 水色のチーフをチーフリングで留める。
- 団によっては、なるべくお金をかけない(「ボーイスカウトは質素である」)、子どもによってはビーバー隊にいる期間が短いなどの理由から、先輩が残してくれた制服を貸与している団もある。
- 2004年(平成16年)から2007年(平成19年)の期間は、世界スカウト運動100周年を記念して、上着の左胸に100周年記念標章(世界共通デザインの記念標章)を付ける(カブスカウト以上は左ポケット上部に装着する)。
[編集] カブスカウト
- 青(紺色)を基調にした制服
- 左袖の肩に近い位置に自分の所属する団の所在市町村、都道府県、団号数を付け、右袖の肩に近い位置に組を示す逆三角形の記章を付ける。
- 左胸ポケットには進級章(うさぎ・しか・くま)、りすバッチを付ける。
- ズボンは同色の半ズボンもしくは長ズボン。
- 青(紺色)を基調にしたキャップ。
- 正面に黄色い四角形の徽章を縫い付ける。デザインは熊の顔。
- 青(紺色)を基調にしたソックスと黄色のガーター(靴下止め)。
- 細く巻いたチーフを首にかけ、チーフリングで留める。
