ハンセン病 - Wikipedia

ハンセン病

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ハンセン病のデータ
ICD-10 A30
統計
世界の新規患者数 約25万人(2007年)
ハンセン病学会
日本 日本ハンセン病学会
世界 国際ハンセン病学会
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ハンセン病(ハンセンびょう、Hansen's disease)は、抗酸菌の一種であるらい菌 (Mycobacterium leprae) の末梢神経細胞内寄生によって引き起こされる感染症である。病名は、1873年にらい菌を発見したノルウェーアルマウェル・ハンセン (Gerhard Henrik Armauer Hansen) の姓に由来する。以前は「らい病」「ハンセン氏病」とも呼ばれていた。感染はらい菌の経鼻・経気道的による感染経路が主流であるが、伝染力は非常に低い。また感染して発症しても現在の医学では適切な治療を行えば根治が可能であり、重篤な後遺症を残すことも、自らが感染源になることもない。現在、世界のハンセン病新規患者数は年間約25万人であるが、日本人新規患者数は年間0~1人と稀となった。ハンセン病は見た目により歴史的に差別・偏見の対象となった病気であり、かつての日本のハンセン病政策においても大きな問題を残したことで有名な疾患である。

目次

[編集] 呼称について

英語圏ではleprosy、Hansen's diseaseの両方の用語がある。日本では「癩病」「らい病」「ハンセン病」がある。前者2つは差別用語となっており現在では忌避される。ただし後述するように、古文書にみられる「癩病」は現在の一つの独立した疾患「ハンセン病」以外の病気も含む用語であり翻訳の過程で「癩病」と訳す方が正確である場合もあるため、使用される。

その他、leper (らい者) という用語も使用されるが、語感も悪く非常に悪い印象があるため使用には注意を要する。「新英和辞典」(研究社)にも差別用語であるという注意書きが付記されている。leprosy patientと呼ぶのが政治的に正しい。第6回国際らい会議(1953年)に再確認された。

らい療養所の英訳は、従来Leprosariumであったが現在はSanatoriumが使用される。

[編集] 呼称の変遷

[編集] ツァラアトからleprosyまでの変遷

ツァラアト
ツァラアト(צרעת,Zaraath)は、ヘブライ語で「汚れ」や「しみ」を表す言葉である[1]旧約聖書モーセ五書」の「レビ記」(13章・14章)に最初に登場した。見た目の「汚れ」のみならず、宗教的な「穢れ」も意味し、「死のミサ」[2]や「模擬埋葬」[3]などの儀式の対象となった。その後、ツァラアトの語は、ギリシャ語訳聖書「七十人訳聖書」(紀元前250年頃)で「レプラ」と訳されて、使用されなくなった。長らく使用されなかった言葉であったが、2000年以上の時を経て日本聖書刊行会より発行された「新改訳聖書」(1970年)では「ツァラアト」と訳された[1]
象皮病
古代ギリシアでは「象皮病」と呼ばれた医学用語があり、現在のハンセン病と言われている[1]。ツァラアトとは異なり、宗教とは無関係の正式な医学用語であった。この言葉は「レプラ」の普及とともに使用されなくなった。現在は、象皮病というと、バンクロフト糸状虫などのヒトを宿主とするリンパ管・リンパ節寄生性のフィラリア類が寄生することによる後遺症のことであり、ハンセン病とまったく無関係なので注意を要する。
レプラ
もともとはギリシア語で、「皮膚の表面に出現する粉状のもの(ふけ・斑紋・しみ・あざ)」を意味する医学用語であった。よってこの時点ではハンセン病以外の幅広い病気がこの名前で呼ばれていた。それとは別に、旧約聖書や新約聖書にも「レプラ」という言葉が使用される。紀元前250年頃、ギリシャ語訳聖書「七十人訳聖書」では、ヘブライ語の旧約聖書をギリシャ語に翻訳した際、「ツァラアト」は「レプラ(λεπρα)」と訳された[1]。その後、1世紀になると、ギリシア語で書かれた新約聖書、例えば「マルコによる福音書」では「レプラ」という言葉が使われた。ローマ時代の医学者・ガレノス(130年 - 200年頃)は、「象皮病」と呼ばれていた「ハンセン病」の一部で皮疹を主に出現する型のものを「レプラ」と呼んだ。この時を境に本来の意味とは異なる形で、ハンセン病がレプラという医学用語で表現されるようになり、また「ツァラアト」が保持する「祭儀性」と結びついて忌まわしい表現にも発展する言葉になった。その後、ラテン語訳聖書「ウルガタ聖書」が作られた際も、旧約聖書の「ツァラアト(צרעת)」・新約聖書の「レプラ(λεπρα)」はすべて「レプラ(lepra)」と訳された[1]。それにより「レプラ」という言葉はヨーロッパ中に広まり、宗教用語と医学用語が結ばれて広く使用された。
leprosy
leprosyは英語である。1535年、ティンダルカヴァーディルによって聖書の近代英語訳が完成し「lepra(レプラ)」は「leprosy」と訳され、はじめて登場した言葉である[1]。よって、この言葉も宗教用語と医学用語が結びついた忌まわしい印象をもっている。

[編集] 日本の古い呼称

奈良時代に成立した「日本書紀[4]、「令義解[5]には、それぞれ「白癩(びゃくらい・しらはたけ)」という言葉が出ており、現在のハンセン病ではないか、とも言われている[6]。ただしハンセン病以外の皮膚病を含んでいる可能性もある。

鎌倉時代になると、漢語由来の「癩」(らい)・「癩病」・「らい病」が使われるようになった。

江戸時代になるとやまとことばで、乞食を意味する「かったい(かたい)」という言葉も使用されるようになった。この言葉は、一般には江戸時代まで使われたが、地域によっては第二次世界大戦後まで使用されたところもあった。そのほか、方言として「ドス」・「ナリ」・「クサレ」・「ヤブ」・「クンキャ」などの蔑称も使用された。

昭和時代に入ると、ドイツ語またはラテン語である「lepra(レプラ)」の言い換え語として、カタカナ表記のレプラ という言葉も使用された。漢字で当てると「例布羅」となる。「レプラ」は島木健作織田作之助の作品などに散見される。また、日本癩学会が発行する機関誌名にも使用された。

[編集] Hansen's disease(ハンセン病)への動き

1873年にアルマウェル・ハンセンが、らい菌を発見してハンセン病の原因が明確になった。これにより、前述したように忌まわしい印象をもつ癩病(leprosy)の語を避けることと、以前は原因不明であったために恐れられていた病気のイメージを払拭するために、「leprosy」を「Hansen's disease(HD)」 という名称に変えようという運動が起こった。1931年のマニラの国際会議における発言をきっかけとして、その後、米国のカーヴィル療養所入所者が発行しているThe Star誌(1941年創刊)を中心に行われた。1946年、スタンレー・スタインが、らい諮問委員会に提言したが成らず、結局、アメリカ医学会(AMA)が「leprosy」を「Hansen's disease」に変更した1952年に、改名が実現した。

日本でも、療養所に入所している人を中心に、「癩病」から「ハンゼン氏病」(Hansen's disease)への名称変更の動きが現れた。「ハンゼン氏病」と濁った表記になっているのは、ドイツ語訳の影響である。1953年(昭和28年)2月1日に、「全国国立癩療養所患者協議会」(全癩患協)を「全国国立ハンゼン氏病療養所患者協議会」(全患協)と改称し、「癩」という言葉を消すことに成功した。しかし、厚生省はその後も、「癩」を平仮名の「らい」に変更するのみにとどまり、学会名も「日本らい学会」と呼ばれ「らい」が使用され続けた。一方、大阪皮膚病研究会(ハンセン病のみの研究所、1929年 - 2003年)や、スキンクリニック(那覇や宮古島のハンセン病外来施設)などでは、「らい病」の使用は避けられた。1959年(昭和34年)、全患協はドイツ語読みから、より一般的な英語読みにするため「ハンゼン氏病」から「ハンセン氏病」へ改称し、さらに1983年(昭和58年)には、習慣の変化から「氏」をなくして「ハンセン病」へと改称した。そして、1996年(平成8年)のらい予防法廃止後は、官民ともに「ハンセン病」が正式な用語となり、「日本らい学会」も「日本ハンセン病学会」に改称した。

東洋医学では、元来、大風(麻風)や癘風(れいふう)[7]とも呼ばれていたが、漢生(アルマウェル・ハンセン)の名をとって「漢生病」とも一般的に呼ばれるようになった。2008年には、台湾でも「漢生病」という呼称が法的に決定された。

[編集] 古文書にみる癩病

ハンセン病は古くから世界の各地に存在していた病気で、多くの古文書に今日のハンセン病を思わせる記述が残っている。ただし、古文書に登場するleprosyレプラと呼ばれたものは、もともとはハンセン病以外の病気も含む概念を保持していた時代もあったことや、歴史的経緯からみると純粋な医学用語ではなく宗教的要素も加わった言葉であること、また聖書の翻訳にみられるように歴史的に混乱を引き起こすような翻訳の仕方が行われた結果を考慮すると、ハンセン病と同義にならないことに注意が必要である 。よって古文書でのleprosyやレプラの記述の意味を確認することは容易でない。「ハンセン病の起源」に関する解釈も多くの説が存在するように、ハンセン病の歴史の検証作業を難しくする要因となっている。

また日本で使用される「癩病」も、もともとはハンセン病以外の病気も含む概念であるため、ハンセン病と同義であるとできない例も多くある。また、「癩病」を一律に「ハンセン病」の名で置き換えているだけの出版物も多いため、この点も混乱を招く要因になっている。よって、歴史的癩病と現在のハンセン病が同義でないことを念頭に置いて過去の文献に当たる必要がある。

日本聖書刊行会から出版されている『新改訳聖書』第三版ではヘブライ語の原音に近い「ツァラアト」と翻訳[8]日本聖書協会から出版されている『新共同訳聖書』では「重い皮膚病」と翻訳するなど、最近では古文書の翻訳には工夫が施されている。

[編集] ハンセン病の原因

国立感染症研究所のHPより
抗酸菌染色の像である。ハンセン病の原因となるらい菌は赤色に染まっている。

ハンセン病の原因はらい菌感染である。ノルウェーのアルマウェル・ハンセン (Gerhard Henrik Armauer Hansen)によってハンセン病の原因菌がらい菌であることが証明された。

[編集] らい菌について

細菌学的特徴についてはらい菌を参照

らい菌は、霊長類(マンガベイマンキー)とココノオビアルマジロのみに感染する。ハンセン病の研究にはココノオビアルマジロが用いられてきた。しかし、現代では突然変異により胸腺を欠き、免疫機能不全に陥っているヌードマウスでも感染・発症することが明らかになったため、研究は主にマウスで行われるようになった。

[編集] 感染源

感染源は、菌を大量に排出するハンセン病患者(特にLL型)である。ただし、ハンセン病治療薬の1つであるリファンピシンで治療されている患者は感染源にはならない[9]

昆虫、特ににらい菌が感染して、ヒトへのベクター感染するルートもあるため、昆虫も感染源になるという報告がある。ゴキブリによる結核菌の移動実験により証明された。しかし、現在では否定的な意見も多い。

その他、ルイジアナ、アーカンソー、ミシシッピ、テキサスの低地のココノオビアルマジロかららい菌が検出されており、アルマジロから人間に感染するルートの検討[10]や、自然界、特に川などにらい菌が存在し経鼻感染にて感染するルートの検討[11]もある。

[編集] 感染経路

感染は、未治療のらい菌保有者(特に菌を大量に排出するL型患者)の鼻汁や組織浸出液が感染源となり、経鼻・経気道的におこるというルートが主流となっている。ヌードマウスに菌のスプレーを与えた動物実験により確認された。

また、経鼻・経気道感染とは別に接触感染のルートも存在する。傷のある皮膚(abraded skin)経由説と呼ばれ、刺青部や外傷部に癩の病巣ができる例より証明されている。1884年にアーニング(Dr.Eduard Arning,細菌学者ナイセルDr.Albert Neisserの弟子)が、ハワイ王国でキーヌー(Keanu)という死刑囚に癩腫を右前腕に移植するという人体実験の成功でも証明された[12]

その他、前述した昆虫からのベクター感染のルートの検討もあるが、否定的な意見も多く証明されていない。

[編集] 伝染力

菌を大量に排出するハンセン病患者(特にLL型)と接触したからといって、高頻度に伝染が成立すわけではない。濃密な接触環境下に置かれたりするなどの特殊な条件が必要であり、伝染力は非常に低い。らい菌と接触する人の95%は自然免疫で感染・発症を防御できることが要因である。感染時期は小児が多く、大人から大人への感染発病は極めて稀である[13]

患者から医療関係者への伝染に関しては、「医療関係者に伝染発病した事実はない」と一般的に言われている[14]。ただし、流行地で幼児期を過ごした人であれば発病する可能性が0でないこと、実際に患者に接触して感染した医師や神父(例としてダミアン神父)もいることを考慮する必要がある。

[編集] 潜伏期間

感染してから発症するまでの潜伏期間は長く、3-5年とされている。ただし、10年に及ぶ例もある。

[編集] らい菌発見の経緯

らい菌を発見したアルマウェル・ハンセン

1869年、ノルウエーのアルマウェル・ハンセンはハンセン病患者の癩結節の中に大きな塊状のものがあることを顕微鏡で発見し、1873年2月28日に細菌によく似た小さな桿状の物体を発見した[15]。1873年オスロで「眼の癩性疾患」と題した発表の中でハンセンが癩菌をスケッチした図を残した。ただし当時は染色法も無く、らい菌の形態を正確に描いたものではなかった。その後、1874年に「癩の発生原因について」の講演(オスロのクリスチャニア医学会)とノルウエーの医学雑誌上での発表を行なった。1875年に英国の医学雑誌へ再掲載し、英文ではじめて発表を行った。

1879年、ドイツの細菌学者であるナイセルは、ハンセンから標本を分与されたらい菌の染色に成功しらい菌の正確な形態を明らかにした。追随してハンセンも1880年に発表を行った。

ちなみに、らい菌を最初にスケッチしたハンセンと、最初に染色に成功しらい菌の形態を明らかにしたナイセルは、「らい菌の発見者」であると共に主張し論争が起こった[16]。その後、ハンセンがらい菌を1873年に発見したということで決着した。

[編集] 疫学

ハンセン病は、人獣共通感染症でも知られるが、自然動物ではヒト、霊長類(マンガベイマンキー)とココノオビアルマジロ以外に感染する動物は見つかっていない。以下、ヒトの感染状況について説明する。

[編集] 世界

(参考)2003年当時のハンセン病の新規患者数(罹患率)の分布

2007年初頭の登録患者数は231,361人、2006年の新規患者数(年間罹患者数)は265,661人である[17]。登録患者数は一定の治療を終えた患者は治癒の有無に問わず、登録から除外されている。そのため年次報告の性質上、年内に治療が完了すると登録者から除外されるため、新規患者数(年間罹患者数)は登録患者数を上回る。また注意点としては、ハンセン病と発見できて適切に治療している人数のみをカウントしているため、ハンセン病が発見できず治療されていない患者も相当存在する可能性もあることが挙げられる。

Table 1に地域別の 2008年初頭の登録患者数、2001–2007年の新規患者数の動向を示した。新規患者数は年々、明確に減少していることが分かる。2005年と前年とを比較すると110,000件余(27%)減少している。Table 2には2007年の国家別新規患者数で患者数が1,000人以上の国家を降順にリストアップした。2007年現在、インドが最も新規患者数が多くなっている。

Table 1: 2008年初頭の登録患者数、2001–2007年新規患者数の動向(ヨーロッパ地域を除く)
地域 登録患者数(人)
()は人口10,000当たりの有病率
新規患者数(年間罹患者数)(人)
2008年初頭 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年
アフリカ州 30,055 (0.47) 39,612 48,248 47,006 46,918 45,179 34,480 31,037
アメリカ州 49,388 (0.96) 42,830 39,939 52,435 52,662 41,952 47,612 41,978
東南アジア 120,967 (0.72) 668,658 520,632 405,147 298,603 201,635 174,118 171,552
中近東(中東近東 4,240 (0.09) 4,758 4,665 3,940 3,392 3,133 3,261 4,091
西太平洋 8,152 (0.05) 7,404 7,154 6,190 6,216 7,137 6,190 5,867
合計 212,802 763,262 620,638 514,718 407,791 299,036 265,661 254,525
Table 2: 2007年の国家別新規患者数(降順)
国家 新規患者数(人)
  インド 137,685
  ブラジル 39,125
 インドネシア国旗 インドネシア 17,723
  コンゴ民主共和国 8,820
  バングラデシュ 5,357
  ナイジェリア 4,665
 ネパールの旗 ネパール 4,436
  エチオピア 4,187
  ミャンマー 3,637
 タンザニアの旗 タンザニア 3,460
  フィリピン 2,514
  モザンビーク 2,510
  スリランカ 2.024
 スーダンの旗 スーダン 1,706
 マダガスカルの旗 マダガスカル 1,644
  中華人民共和国 1,526
  アンゴラ 1,269
 コートジボワールの旗 コートジボワール 1,204
(注)タンザニアは2007年のデータがないため2006年のデータを用いた。

WHOによるハンセン病制圧の定義は、1991年5月に開催された第44回世界保健総会で決定され、人口100万人以上の国で、登録患者数が人口1万人あたり1人を下回る(有病率が1.0を下回る)こととされた。この定義を遵守すると日本では1970年前後に制圧を達成している。2005年初頭はインドブラジルコンゴ民主共和国アンゴラモザンビークネパールタンザニア中央アフリカの9カ国が未制圧国であったが、2006年初頭にインド・アンゴラ・中央アフリカが、2007年初頭にマダガスカルとタンザニアが、2007年末にコンゴ民主共和国とモザンビークが制圧を達成した。現在の未制圧国はブラジル・ネパールと、東ティモールが新たに加わり3カ国となっている。東ティモールは以前より有病率が1.0を超えていたが、人口100万人未満であったために定義より除外されていた。しかし、近年の人口増加により人口100万人を突破したために新たに2008年より加わった。 Table 3には未制圧国のブラジル・ネパール・東ティモール、最近まで未制圧国であったモザンビーク・コンゴ民主共和国・タンザニア・マダガスカル・インドの登録患者数と新規患者数の最近の動向をまとめた。

Table 3: 主要国家における登録患者数と新規患者数(年間罹患者数)の推移
国家 登録患者数(人)
()は人口10,000人当たりの有病率
新規患者数(年間罹患者数)(人)
()は人口10,000人当たりの罹患率
2004年初頭 2005年初頭 2006年初頭 2007年初頭 2008年初頭 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 
ブラジル 79,908 (4.6) 30,693 (1.7) 27,313 (1.5) 60,567 (3.2) 45,847 (2.40) 49,206 (2.86) 49,384 (2.69) 38,410 (2.06) 44,436 (2.4) 39,125 (2.05) 
ネパールの旗 ネパール 7,549 (3.1) 4,699 (1.8) 4,921 (1.8) 3,951 (1.4) 3,329 (1.2) 8,046 (3.29) 6,958 (2.62) 6,150 (2.27) 4,253 (1.53) 4,436 (1.57) 
東ティモール no data no data 289 (3.1) 222 (2.2) 131 (1.2) no data no data 288 (3.04) 248 (2.46) 184 (1.72)
モザンビーク
6,810 (3.4) 4,692 (2.4) 4,889 (2.5) 2,594 (1.3) no data
(制圧)
5,907 (2.94) 4,266 (2.20) 5,371 (2.71) 3,637 (1.80) 2,510
コンゴ民主共和国 no data 10,530 (1.9) 9,785 (1.7) 8,261 (1.4) no data
(制圧)
7,165 11,781(2.11) 10,737 (1.87) 8,257 (1.39)  8,820 
タンザニアの旗 タンザニア 5,420 (1.6) 4,777 (1.3) 4,190 (1.1) no data
(制圧)
no data
(制圧)
5,279 (1.54) 5,190(1.38) 4,237 (1.11) 3,450  no data
マダガスカルの旗 マダガスカル no data 4,610 (2.5) 2,094 (1.1) no data
(制圧)
no data
(制圧)
4,266 3,710(2.05) 2,709(1.46) 1,536 1,644
インド no data 148,910 (1.4) 95,150 (0.87)
(制圧)
no data
(制圧)
no data
(制圧)
367,143 260,063 (2.39) 161,457 (1.46) 139,252 137,685
(補足)a)制圧とは人口10,000当たり1件以下の患者数であること。b)マダガスカルは2006年9月に国家レベルでハンセン病を制圧した。c)ネパールは統計期間が異なり2004年11月中旬–2004年11月中旬である。d)コンゴは2008年に2007年末をもって制圧に達したとWHOに公式に報告している。

ハンセン病は全世界にみられるが、分布は一様でない。度々、流行も生じる。代表的な流行としては、1850~1920年のノルウエーでの流行・1920年代のナウル島での流行・1980年代のカピンガマランギ島での流行がある。流行の原因について多種多様な検討も行われている[18]が、実際には明確になっていない。

男女比に関しては、新しく患者が発生する時代を検討すると全世界を通じて男性が女性より多い。男性は小児期から活動的であり、感染しやすいと言われているが、明確には原因が分かっていない。ただし日本の全国の療養所では、一般的に男性の方が女性より寿命が短いので、男性:女性の比は殆ど同じまたは逆転している。

貧困層と富裕層の比較に関しては、インドの検討であるが、貧困層に発症率が高い。ハンセン病患者は、亜鉛、カルシウム、マグネシウムが正常の人に比べて著しく低値であった[19]

[編集] 日本

日本では1997年(平成9年)以降、登録患者数は公表されていない。日本国内の療養所入所者数は2008年現在2,717人であるが、治癒した人をほとんど含んでいることと、現在は療養所外の一般病院でも治療が可能であり在宅治療している人もいるため、登録患者数とはまったく相関しない。

Table 4 は最近12年間の日本国内で発見された新規患者数である。日本で発見された日本人の新規患者数に関しては減少傾向を示し2005年にはじめて0になった。よって最近は日本で発見された新規患者は、外国で過ごしたことがある在日外国人がほとんどとなっている。

Table 4: 日本国内の新規患者数 (人)
1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年
 日本人 6 6 5 8 6 5 7 1 4 0 1 1
 在日外国人 18 8 5 11 8 8 9 7 8 7 6 10
 合計 24 14 10 19 14 13 16 8 12 7 7 11

在日外国人の中ではブラジル出身者と東南アジア出身者がほとんどを占める。

WHOに定義されるように「診断されて適切に一定期間治療を行いその後は患者登録から除外される」という観点で日本の登録患者数を推定すると、新規患者数と同程度である数名となる。しかし、日本では菌を0にするまで徹底的に治療を行う治療基準が設けられており、WHOに定義されている治療期間より大幅に治療を継続しているケースや、一旦治癒したが菌検査で少しでも陽性がみられれば治療を行うというケースも考えられるため、実際に治療を行っている患者数に関してはWHOで定義している登録患者数に比べるとかなり多いと推定される。しかし、実際のところ現在は、治療を行っている患者数に関する統計を行っていないので詳細は不明である。

国により、病型の統計はまちまちである。日本の統計では、らい腫らいが多く、昔の統計では、現在は見られない癩性禿頭症や失明も多かった。光田健輔によると1911年に公立療養所第一区府県立全生病院(現、国立療養所多磨全生園)では58.63%に禿頭症がみられた。沖縄県や東南アジアの様な流行地では症状は一般的に軽いといわれている。[20]

[編集] 分類

ハンセン病の分類に関しては様々な分類法がある。現在の一般的な病型分類は1962年提唱のRidley & Joplingの分類法が使用される。その他重要なのがWHOの治療方針を決定するのに有用なMB型・PB型分類法である。

[編集] Ridley & Joplingの分類法

1962年に提唱された分類法である[21][22]。分類の方法は、らい菌に対する生体の細胞性免疫の強弱に基づいている。LL型(らい腫型、Lepromatous type)、TT型(類結核型、Tuberculoid type)、B群(境界群、Boderline group)、I群(未定型群、Indeterminate group)に分け。さらにB群はLL型に近いBL型(Borderline lepromatous type)、TT型に近いBT型(Borderline tuberculoid type)、中間のBB型(Mid-borderline type)と、1群5型に分類した。

詳細
LL型
らい菌に対して免疫をほとんど持たない人が、らい菌と接触し感染が成立した場合に生じる。体や四肢に褐色の結節(癩腫)を生じ、眉毛が抜け、結節が崩れて特異な顔貌を呈する。皮膚の病巣から菌が検出される。病理組織検査では、らい菌が多数検出できるが、リンパ球の浸潤は少ない。メカニズムはTh2型の反応であり、抗原提示や殺菌などの機能が抑制される(細胞性免疫の低下)ことによって症状が出現する。
TT型
らい菌に対する免疫は本来存在するが、何らかの理由で免疫が低下したりして、感染が成立するような場合に生じる。皮膚に知覚麻痺をともなう紅色斑を呈する。皮膚から菌は検出されないが、その一方で、免疫反応と考えられる神経の障害が、発病の初期から起こることが多いため、神経障害などの臨床症状から診断がつくのがほとんどである。病理組織検査でも、らい菌は検出されないが、末梢神経の周りにリンパ球の強い浸潤像がみられる。メカニズムはTh1型の反応であり、細胞性免疫は保たれるが、強い組織傷害を起こすサイトカインが出現することによって症状が出現する。
B群
免疫応答がLL型とTT型の中間に位置する。内容・程度も不安定で特異的な症状がない。病理組織像も両者の特徴が共存している。
I群
ハンセン病特有の症状に乏しい発病初期を一つにまとめたもの。

[編集] WHO治療指針の病型分類法

WHOは、多剤併用療法による治療方針決定上の簡便な病型分類として、MB型(多菌型,multibacillary)とPB型(少菌型,paucilbacillary)の二分類を採用している。MB型はおおむねLL型、BL型、BB型及び一部のBT型に相当する。一方、PB型はおおむねI群、TT型及び大部分のBT型に相当する。菌スメア検査のBI( bacterial index)(菌指数)と皮疹(皮膚の発疹)の数によって分けられる。BIについては検査の項を参照。

  • MB型(多菌型):BI3+以上・皮疹6個以上
  • PB型(少菌型):BI3+未満・皮疹5個以下

[編集] その他の分類

マドリッド分類法
第6回国際らい会議で1953年に提唱されたRidley & Joplingの分類法以前の分類法。らい腫型(L型)・境界群(B群)・類結核型(T型)・不定型群(I群)の2群2型に分類している。
日本の伝統的分類法
結節らい・斑紋らい・神経らいの3型に分類。結節らいはLL型とB群の一部、斑紋らいはTT型とB群の一部に相当するものと思われる。神経らいはTT型で斑紋が消失した状態に相当するものと思われる。

[編集] 症状

症状は主に末梢神経障害皮膚症状である。らい菌の至適温度は30~33度であるため、温度の高い臓器(肝臓、脾臓、腎臓等)に病変が生じても症状はみられない。 病状が進むと末梢神経障害に由来する変形や眼症状などの合併症状を生じる。しかし、現在の医学上、早期診断・早期治療を適切に行えば、このような重篤な合併症状に至る例はほとんどない。

[編集] 一次症状

前述したように末梢神経障害と皮膚症状が重要である。神経の症状としては神経障害だけでなく末梢神経の肥厚(触診で触れることができる)も出現するためまとめて記載した。前述したRidley & Joplingの分類法に基づき症状の出方が異なるため、それに準じて解説を加える。なお、末梢神経の炎症の結果生じる感覚障害、痺れ、運動麻痺についてはニューロパチーも参照のこと。

詳細
LL型(らい腫型)
皮膚症状
皮疹の形状は斑状・結節・丘疹が出現する。出現する発疹によって丘疹型、結節型、瀰漫浸潤型に分類することもあるが、実際にはそれらが混在していることが多い。疼痛や痒みなどの自覚症状は通常はない。表面が脂ぎって滑らかな感じがあり、左右対称性に発疹が分布し、境界は不明瞭であるという特徴がある。
神経障害
知覚障害は軽度である。神経の肥厚は全身に出現するものの発症初期には不明確である。
TT型(類結核型)
皮膚症状
多様な発疹が出現する。孤立性の隆起性紅斑が特徴的である。発疹の分布は非対称的でLL型に比べると皮疹の数は少ない。境界は明瞭で比較的単純な弧を描いているのも特徴である。また、その部分の皮膚の構造は破壊されて発汗障害をきたしたり毛が脱落するとともに、皮疹に一致して明瞭な知覚障害を生じる。
神経障害
皮疹に一致した知覚障害が特徴的で早期より出現する。神経の肥厚も早期より起こるが限局して生じる。LL型のように全身・左右対称には生じない。知覚障害は島状に分布し、通常の神経の走行に一致しないことが多い。
B群(境界群)
LL型・TT型の移行群の総称であり、様々な発疹や神経障害を生じる。
I群(未定型群)
前述した如く、発病初期でまだ病型が決定できない時期に相当する。その後LL型・TT型・B群の特徴的な発疹・神経障害に変化していく。この段階では病理検査でもハンセン病特有の特徴も示さず、ハンセン病の重要所見である神経障害も明確でない。
皮膚症状
境界不明瞭で平坦な淡紅色斑が2~3個出現する。
神経障害
知覚障害はほとんどない。あっても軽度である。神経肥厚はまだみられない。

[編集] 二次症状

ハンセン病神経障害を生じるために、二次的に様々な症状が出現する。たとえば眼症状、神経因性疼痛、脱毛、変形、うら傷などの皮膚疾患、筋萎縮・運動障害等が知られている。

詳細
眼症状
顔面神経麻痺による兎眼、三叉神経麻痺による角膜の知覚障害が原因で、角膜が障害されやすくなり角膜炎を併発し失明する人もいる。また、鼻粘膜が障害され、涙管閉塞をきたすこともしばしば起こり、逆行性感染による頑固な結膜炎も起こすことがある。そのため、常に点眼剤を必要とする人も多い。
神経因性疼痛
ハンセン病では神経障害・機能不全のため、様々な神経痛が生じ神経因性疼痛とも呼ばれる。多くは突然、電撃痛とも呼ばれる強い痛みに襲われる。神経痛の症状もさまざまで、俗称だる神経痛(だるいからくる)などもある。ネパールでは'Jhum-Jhum'と表現されている。また、触刺激によって誘発される疼痛アロディニア(知覚過敏)という病態もある。ある特定の部位を触ったり冷覚・温覚刺激を与えたりすると出現する疼痛のため奇妙である。非ステロイド性抗炎症薬も使われるが効果が低いため、適宜、抗うつ薬抗けいれん薬麻薬系鎮痛薬もよく使われる。[23]
脱毛
LL型では眉毛なども脱毛し治癒後も再生しない。以前日本では頭髪の脱毛もみられ、動脈に沿って毛が残存するのが特徴とされた。
変形
ハンセン病における変形は、種々の病変の結果と、神経の麻痺、感覚がないことによる外傷の積み重ねなどによる。
顔面神経麻痺による症状が多い。LL型では軟骨が侵され鞍鼻・耳の変形を生じることもある。なお鞍鼻は梅毒でもみられることがあるので、以前誤診の例があった。
四肢
尺骨神経や正中神経麻痺により鷲手・猿手を生じる。廃用や外傷によって四肢の萎縮や欠損も生じる。レントゲン検査を行うと骨の萎縮も観察される。指に関しても末節・中節・基節などで萎縮や欠損がみられる。四肢の切断端には度々、瘢痕癌が生じ、特にタイでの発症例が多いとの報告がある。変形に対してはしばしば手術療法が行われる。
うら傷
うら傷は足底を中心に出現する慢性の難治性潰瘍である。正式名称は皮膚穿孔症である。なお、先天性無痛覚症や糖尿病性神経障害においても同様のうら傷を呈するため、ハンセン病においても、感覚消失が主役を演じると思われる。難治性の慢性創傷であるため、その部位から有棘細胞癌という皮膚腫瘍が出現することもある。
その他の皮膚疾患
末梢神経障害は自律神経障害も生じるため皮膚からの発汗作用が障害され乾皮症を誘発する。皮膚の防御力の減退、血管等に見られる神経反射作用が消失により炎症の治癒機転の障害を引き起こす。知覚障害のため外傷熱傷に侵されやすく、症状の訴えがないため治療開始が遅れることもある。傷ができやすい上になかなか治りにくいため、十分なケアが必要である。
筋萎縮・運動障害
四肢の萎縮により様々な運動障害を生じ、患者の生活レベルを低下させる。咽頭部の運動障害は誤飲や嚥下障害を誘発するため、誤嚥性肺炎にも注意する。

[編集] らい反応

らい反応とはハンセン病の治療過程において急激な反応を起こすことである。これらの急性反応は1型らい反応と2型らい反応とに大別される。ハンセン病においては菌自体の働きが遅いため一般には慢性的な経過をとることが多いが、このらい反応には注意を要する。

詳細
1型らい反応
BB・BT・TT型の治療開始後に生じる反応で機序はⅣ型アレルギーとされている。境界反応(borderline reaction)またはリバーサル反応(Reversal reaction)とも呼ばれる。急に皮膚の発赤が増強したり腫れたりする症状や末梢神経障害の急激な増悪反応を生じる。入院加療の上、ステロイド大量投与(内服)を行う。
2型らい反応
LL型・BL型で治療開始から約半年後に生じる急激な反応で機序はⅢ型アレルギーとされている。この際に生じる皮疹をらい性結節性紅斑(ENL,Erythema nodosum leprosum)と呼ぶ。また、通称熱こぶとも呼ぶ。皮膚に有痛性の結節を生じるのが特徴で40度前後の発熱や関節痛を伴う。治療を行った際に大量に菌が死滅し、それに対して強い免疫反応(Ⅲ型アレルギー)を起こすメカニズムが考えられている。サリドマイドやステロイドパルス療法で治療を行う。ちなみにらい性結節性紅斑(ENL)の命名者は村田茂助である(1912年)。[24]

[編集] 社会的要因による合併症

[編集] 精神疾患

ハンセン病患者や回復者に関しては、社会的差別などの問題や、療養所という閉鎖された長期生活の不安などで不安症・自殺願望・うつ病・人格障害などの精神疾患を生じることがある。日本の療養所内のデータであるが、平均年齢79歳、385名中うつ病は48名(12.5%)であるという報告もある[25]。その他、精神病との関連については、今後様々な検討が行われ研究が進むものと思われる。

[編集] 診断・検査

[編集] プライマリ検査

菌指数(BI:bacterial index)
表記 顕微鏡視野当たりの
らい菌平均菌数 
 BI6+ 1000個以上/1視野当たり
 BI5+ 100個から1000個/1視野当たり
 BI4+ 10個から100個/1視野当たり
 BI3+ 1個から10個/1視野当たり
 BI2+ 1個から10個/10視野当たり
 BI1+ 1個から10個/100視野当たり
 BI- 100視野中でらい菌を発見できない

ハンセン病と診断する場合に初めにする検査は、皮膚スメア検査末梢知覚検査である。

皮膚スメア検査
皮膚を垂直に切開し、組織の塗抹をスライドガラスに置きチール・ネールゼン染色(Ziehl-Neelsen stain)を行い、菌数を調べる検査である。チール・ネールゼン染色は抗酸菌染色の一つの方法でらい菌を赤色に染める。皮膚を切開するため痛覚が正常な部位では疼痛を伴うため、麻酔をしてから検査を行う。菌数の表記には菌指数 (BI:bacterial index) が用いられる。BIはMB型・PB型の分類や治療方針において重要である。なお以前は、形態指数 (MI: morphological index) を測定して菌の総合的な力をみる方法もあったが、現在は行われていない。
末梢知覚検査
末梢知覚検査はハンセン病を診断する上で重要な検査である。触覚や振動覚は保たれることも多いので、太めの注射針を刺す痛覚検査、冷水・温水を入れた試験管を当てる温冷覚検査が合わせて行われる。痛覚検査は意思の疎通が困難である乳幼児・高齢者で分かりにくいことがある。温冷覚検査は閉眼し当てたことを被検者に分からないようにすると検出の精度がよくなる。

[編集] WHOの基準

診断確定のために、WHOでは知覚障害に伴う皮疹末梢神経の肥厚・運動障害病理組織検査らい菌の検出の4点を重視している。

知覚障害に伴う皮疹
多菌型では検出率が低いので注意する。T型の皮疹に一致した神経障害の検出は非常に有用。
末梢神経の肥厚・運動障害
尺骨、橈骨、腓骨、大耳介神経などを触診で触れると肥厚が分かる。知覚障害だけでなく運動障害も伴うことも多いため、歩行や各種の運動の状態を調べることも重要である。
病理組織検査
発疹の一部の組織を採取し、標本[26]にして顕微鏡でみる検査。Ridley & Joplingの分類に基づき病型分類される。
  • らい腫型(L型)では、らい菌が多数検出できるがリンパ球の浸潤は少ない。組織球性肉芽腫で組織球の泡沫状変化が特徴的である。
  • 類結核型(T型)では、らい菌は検出されない。類上皮細胞肉芽腫が特徴的である。またリンパ球の強い浸潤像がみられ、リンパ球が末梢神経の周囲に入ることは、他の疾患ではみられないので有用な鑑別点になる。
らい菌の検出
検出には皮膚スメア検査、病理組織から検出する方法(前二者は説明済みなので上記参照のこと)、PCR(Polymerase Chain Reaction)[27]から検出する方法の3点が挙げられる。遺伝子増幅法であるPCRを用いたらい菌の検出は、らい菌の持つ熱ショック蛋白の内、他の抗酸菌と交差しない部位のDNA配列を検出するもので、培養のできないらい菌を迅速に検出する方法として重要である。

[編集] その他の検査

らい菌抗体の検出
らい菌特異的抗原の一つであるフェノール糖脂質 (PGL-1,phenolic glycolipid I) に対する抗体を血液検査で測定する方法が最近、行われるようになった。L型で陽性であるが、T型ではまったく検出されない。
レプロミンテスト
らい結節から得られた抽出物、レプロミンを皮内に注射して反応を見る検査である。この検査は、結核のツベルクリン反応に似ている。らい菌に対する細胞性免疫反応をみる検査で、T型と正常人で陽性、L型で陰性となる[28]
らい菌に対する薬剤耐性検査
らい菌の遺伝子解析から、ジアフェニルスルホン (DDS)、リファンピシン (RFP)、キノロン剤への耐性は特定遺伝子の突然変異であることが判明し、遺伝子変異の検査により薬剤耐性が早く分かるようになった。

[編集] 予防と治療

[編集] 予防

ハンセン病に有効なワクチンは開発されておらず、現時点ではハンセン病の発症を予防することは困難とされている[29]。インドを中心にワクチン療法として結核の予防に使用されるBCGが使われ有効であるという報告も出されているが、報告によって有効率のばらつき(20 - 80%強)が大きく一般的な方法とされていない。また、ハンセン病の危険に高率に曝露されやすい子供たちを中心にDDSを予防的に内服する試み(chemoprophylaxis)が、第9回らい国際会議(1968年)で有効であるとされ行われていたが、現在は行っていない。

[編集] 治療概論

治療目的
WHOでは以下の3点を重視して治療を行う。
  • 殺菌と感染源対策
治療薬を用いてらい菌を殺し、活動を弱める。また、その活動性病変を抑えることによって、他人への感染を防止する。
  • 障害予防
ハンセン病に罹患すると、らい菌の生体免疫反応によっていろいろな障害を引き起こす。そのため、適切な治療を行い、できるかぎりの障害を予防することが重要である。これを、障害予防 (POD: prevention of disability)という。ハンセン病罹患中に生じるらい反応の治療もこれにあたる。ハンセン病において最も後遺症などの問題となる末梢神経障害は著しくQOL(生活の質)を低下させるため、早期発見・早期治療を行う必要がある。
  • 合併症と後遺症の予防と治療
ハンセン病に起因した神経障害による後遺症に対して、2次的に悪化させないようにすることが必要である。もし不幸にして障害が起こってしまった時には、それを少しでも軽くなるよう努め、手術を用いてでも機能の回復をはかるといった取り組みが行われる。これを障害悪化予防 (POWD: prevention of worsening disability) と呼ぶ。不適切な治療の結果や、当時、治療薬が十分に確保されていないために入所している方の多い日本では特に重要視されている治療である。
殺菌と感染源対策の治療
ジアミノジフェニルスルホン(DDS)(レクチゾール®・プロトゲン®)、クロファジミン(CLF)(ランプレン®)、リファンピシン(RFP)(リマクタン®・リファジン®など)の3者を併用する多剤併用療法 (MDT,Multi-drug therapy) が治療の主体である。この多剤併用療法は、薬剤耐性菌を予防する意味があり、同じ抗酸菌の一種である結核の治療も同様の多剤併用療法が行われる(使用薬剤は異なる)。なお、WHOでは、菌数による病型分類を採用しており、MB(multibacillary, 多菌型)PB(paucibacillary, 少菌型)の2種類に分けて投与量・治療期間を決定する(MBのほとんどはL型・B群、PBのほとんどはT型・I群に相当する)。最近では、オフロキサシン (OFLX)、クラリスロマイシン (CAM)、ミノサイクリン (MINO) なども有効であることが分かり、薬剤耐性検査を施行した上で上記基本治療薬が使用できない症例などに併用されることもある。
障害・後遺症の予防と治療
らい反応など強い反応が生じた場合は、通常の治療に加えて次のような治療も必要となる。1型らい反応に対しては大量ステロイド、2型らい反応にはサリドマイドまたはステロイドを使用する。
変形に対しては、形成外科の発展と共に手術療法も行われるようになった。種々の変形、眼瞼下垂、脱毛などである。眉毛の脱毛に対しては血管をつけて毛髪の皮弁を移動したり,血管を着けずにまとめて移植したり、また別に1本植え(田植え)という方法がある。しかし、毛が生着しても不自然な感じが残る場合が多い。
急性の神経炎に対しては、ステロイドの投与などの治療により回復する場合も多い。手術療法としては神経減圧術がある。
知覚麻痺による熱傷や外傷は通常の治療法に準じる。ただし神経障害に起因する易感染性や瘢痕形成が生じるため、通常の場合より難治であることに注意する必要がある。知覚が無い状態でも熱傷や外傷が起こらないような日常生活の改善を行ったり、装具などを使い外傷の予防、本人への十分な注意喚起を行う。また、関節拘縮も必発するため、リハビリテーションを継続的に取り組むことも肝要である。
うら傷発生の予防に関して足浴を行う施設が多い。療養所によっては大きい足浴場もある。海外の療養所では大きい洗面器の様なツボを使っているところもある。

[編集] 治療基準

[編集] WHOの治療基準

WHOで提供されているブリスターパック

皮膚スメア検査と皮疹の数で得られた結果をもとに多菌型(MB)と少菌型(PB)と単一病変少菌型(SLPB)に分けて治療を行う。多菌型はBI3+以上・皮疹6個以上である(LL、BLとBBに相当)。少菌型はBI3+未満・皮疹5個以下である(TT、BT、I群に相当)。なおBI3+は皮膚スメア検査で1視野に菌が平均して1~10個のことである。WHOの基準ではこの治療を終了した時点で菌検査の有無を問わず完治とする。また、患者としても除外される。

MDTで使用される治療薬はパックとなっており、ブリスターパック(blister-pack)と呼ばれる。大人用と小児用(10歳~14歳)、MB型用とPB型用の4種類に色分けされている。どの日にその薬剤を内服すればよいか、裏に日付が記載されている。日本では販売されていない。

詳細
  大人 小児
MB(多菌型)

1年間、下記3剤で治療する。

  • リファンピシン (RFP) 600mg、月1回(面前服用)
  • ジアミノジフェニルスルホン (DDS)100mg、毎日服用
  • クロファジミン (CLF) 300mg、月1回(面前服用)・また月1回以外の日は50mg、毎日服用 

1年間、下記3剤で治療する。

  • リファンピシン (RFP) 450mg、月1回(面前服用)
  • ジアミノジフェニルスルホン (DDS) 50mg、毎日服用
  • クロファジミン (CLF) 150mg、月1回(面前服用)・また月1回以外の日は50mg、隔日服用
PB(少菌型)

6ヶ月間、下記2剤で治療する。

  • リファンピシン (RFP) 600mg、月1回(面前服用)
  • ジアミノジフェニルスルホン (DDS) 100mg、毎日服用

6ヶ月間、下記2剤で治療する。

  • リファンピシン (RFP) 450mg、月1回(面前服用)
  • ジアミノジフェニルスルホン (DDS) 50mg、毎日服用
SLPB[30]
(単一病変少菌型)[31]
以下の3剤使用(ROM)にて、以下の治療薬が使用される。1回投与のみ。
  • リファンピシン (RFP) 600mg、月1回(面前服用)
  • オフロキサシン (OFLX) 400mg、月1回(面前服用)
  • ミノサイクリン (MINO) 100mg、月1回(面前服用)

[編集] 日本の治療基準

日本でも適切な治療法ということでWHOの基準を採用しているが、治療後の状態について言及しており、MB型なら菌陰性化するまで、PB型なら活動病変が消失するまでは完治とせず治療を継続とする。日本の保険適応薬剤はDDS、RFP、CLF、OFLXである。小児の発症例はほとんどないので基準として設置していないが内服量はWHOに準じる。SLPB(皮疹が1個のみ)の患者は日本ではPBとして治療する。

詳細
MB(多菌型) BI3+以上、BI不明例 BI3+未満、または極初期病変(発症6ヶ月未満)
WHOのMB治療法に準じて2年間、下記3剤で治療する。治療終了時、菌の陰性化(すなわちBI0)しなければ、さらに1年間追加する。さらに菌の陰性化が認められなければDDS+CLFなどの2剤以上で維持療法を行う。
  • リファンピシン (RFP) 600mg、月1回
  • ジアミノジフェニルスルホン (DDS) 100mg、毎日服用
  • クロファジミン (CLF) 300mg、月1回・また月1回以外の日は50mg、毎日服用 

WHOのMB治療法に準じて1年間、下記3剤で治療する。治療終了時、菌の陰性化(すなわちBI0)しなければ、さらに1年間追加する。

  • リファンピシン (RFP) 600mg、月1回
  • ジアミノジフェニルスルホン (DDS) 100mg、毎日服用
  • クロファジミン (CLF) 300mg、月1回・また月1回以外の日は50mg、毎日服用 
PB(少菌型)

WHOのPB治療法に準じて半年間、下記2剤で治療する。半年たっても活動病変がある場合はDDSまたはCLFを継続し、活動病変がみられなくなるまで治療を継続する。

  • リファンピシン (RFP) 600mg、月1回
  • ジアミノジフェニルスルホン (DDS) 100mg、毎日服用

[編集] 治療法の歴史

[編集] 大風子油による治療

大風子油(だいふうしあぶら)は、イイギリ科 Hydnocarpus 属(APG植物分類体系ではアカリア科に移動)に属する何種類かの植物の種子である大風子(Hydnocarpus Anthelmintica)の種皮を除いてから圧搾して得た脂肪油である。搾油直後には白色の軟膏様の性状を示し無味無臭であるが、次第に黄色に変化して特有のにおいと焼きつくような味を生じる。大風子油にはヒドノカルプス酸チョールムーグラ酸という不飽和環状脂肪酸が含まれており、その成分がらい菌の成長阻害作用を生じる。

もともとは古代より東南アジアやインドの民間療法として行われていた治療法であった。中国は明の時代にようやく広まり[32]、日本でも江戸時代頃[33]から用いられた。19世紀末にはヨーロッパでも使用されるようになった。1920年代にオーストラリアの植物学者ヨゼフ・F・ロックにより再発見された。そして、一般的に全世界で使用された。

1917年にはイギリスの医師・ロジャース卿によって大風子油からジノカルピン(Gynocarpin)脂肪酸を製剤化し、内服薬・注射薬が作られた。その後、1920年にヒドロカルプス酸ナトリウム製剤(内服薬・注射薬)が作られた。これらは、「アレポール」と呼ばれイギリスの植民地であるインド・ビルマを中心に使われた。その後、種々の改良が行われた。アメリカ薬局方には、内服療法では消化器障害の副作用を生じるため注射薬として、収載された[34]

大風子油の注射の欠点は注射部位に結節や瘢痕を残すことがあった。効果が乏しく無効という意見も多かったが大風子油で治療をしない時に比べれば有効であるとした報告があることと、他に有効な薬剤が存在しなかったため、大風子油による治療は多くの国で行われた。その後、1941年のプロミン発見以降は、大風子油による治療は徐々に行われなくなった。

[編集] DDSの発見と改良

プロミン(Promin)は、