お台場 - Wikipedia

お台場

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船から見たお台場
お台場の夜景
航空写真に見る、お台場近辺。1989年度の撮影。当時は、現在とは比べ物にならないほど大部分が空き地であった。現在のような姿を見せるようになったのは、1996年頃からである。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。

お台場(おだいば)は、東京都港区台場東京湾埋立13号地北部)の通称である。台場一丁目から台場二丁目で構成される。当地域の人口は、5,172人(2008年4月1日現在、住民基本台帳による。港区調べ)。台場を指す郵便番号は、135-0091である。

広義には品川区東八潮江東区青海を含む13号地全体をお台場と呼ぶこともある。この地域は臨海副都心(りんかいふくとしん)の一部である。

目次

[編集] 歴史

[編集] 江戸時代

嘉永6年(1853年)、ペリー艦隊が来航して幕府開国要求を迫る。これに脅威を感じた幕府は、江戸の直接防衛のために伊豆代官の江川太郎左衛門に命じて、洋式の海上砲台を建設させる。工事は急ピッチで進められ[1]、砲台は1854年にペリーが2度目の来航をするまでに一部は完成し、品川台場(品海砲台)と呼ばれた。お台場の言われは、幕府に敬意を払って台場に御をつけ、御台場と言ったことからきている[2]

ペリー艦隊は品川沖まで来たが、この砲台のおかげで横浜まで引き返し、そこでペリーが上陸することになった。台場は石垣で囲まれた正方形や五角形の洋式砲台で、海上に第一台場から第七台場が(このうち第七台場は未完成)、また品川の御殿山のふもとに御殿山下台場の合計8つの台場が建設された[3]

この砲台は十字砲火に対応しており、敵船を正面から砲撃するだけではなく、側面からも攻撃を加えることで敵船の損傷を激しくすることを狙ったものである。2度目の黒船来襲に対し、幕府はこの品川台場建設を急がせたが、結局この砲台は一度も火を噴くことなく開国することとなった。

[編集] 明治時代

  • 1875年明治8年) 海上の7つの台場が陸軍省の所管となる。明治中期には東京湾要塞の建設が始まったこともあって台場の重要性が減り、以後徐々に払い下げられることとなる。
  • 1878年(明治11年) 芝区の成立に伴い、海上の7つの台場(第一〜第七台場)は芝区に所属し、それぞれ東京府芝区大字品川沖1〜7番地となる。大正の初めまでに町名の品川沖は品海砲台に変更となる(詳しい時期は不明)。

[編集] 大正・昭和

  • 1912年大正元年) 第四台場が民間人に払い下げられ、造船所となる。
  • 1915年(大正4年) 第三・第六台場が東京市に払い下げられ、史跡公園として整備されることになる。
  • 1917年(大正6年) 第一台場が民間人に払い下げられる。
  • 1928年昭和3年) 第三台場が東京市により整備され、台場公園として市民に開放される。
  • 1934年(昭和9年) 第二・第五台場が東京市に払い下げられる。
  • 1939年(昭和14年) 第四台場が新しく完成した埋立地(品川区天王洲町・現在の品川区東品川)に埋没して消滅する。
  • 1941年(昭和16年) 東京港が開港する。
  • 1947年(昭和22年)3月15日 芝区・麻布区赤坂区が合併して港区が成立し、台場地区は東京都港区芝品海砲台となる。
  • 1955年(昭和30年) 品川区と地続きになっていた旧第四台場の土地が、港区より品川区に割譲される。
  • 1957年(昭和32年) 8つの台場のうち唯一陸上に造られた御殿山下台場が撤去され、跡地に品川区立台場小学校が開校する。
  • 1961年(昭和36年) 東京港の開港に伴い船舶が増加したため、航路を塞ぐ形で浮かぶ第二台場が撤去される。
  • 1962年(昭和37年) 第五台場が新しく完成した埋立地(港区品川埠頭・現在の港区港南)に埋没して消滅する。
  • 1963年(昭和38年) 第一台場が新しく完成した埋立地(港区品川埠頭・現在の港区港南)に埋没して消滅する。
  • 1965年(昭和40年) 第七台場が撤去される。これにより、現存する第三台場と第六台場以外のすべての台場が消滅する。なお、第七台場は最初から未完成のまま海面下に水没した状態で残されていた。
  • 1965年(昭和40年)3月1日 台場地区に住居表示が実施され、港区芝品海砲台(第三・第六台場)が町名変更により港南五丁目となる。
  • 1979年(昭和54年) 東京港の海底を掘削した際の残土により埋立が進められ、13号埋立地が完成する。そのうち北部は幕府が築いた台場にちなんで、お台場と呼ばれた。完成当時、13号埋立地はいずれの区にも属していなかったが、北部は港区、西部は品川区、南部は江東区にそれぞれ帰属した。

[編集] 平成以降

東京都は都心の混雑を緩和するため、東京臨海副都心として臨海部の開発を進めた[4]レインボーブリッジの建設や世界都市博覧会の開催予定により、企業進出が誘致された。

[編集] 13号埋立地の帰属

13号埋立地は港区・品川区・江東区に分割されている。管轄区の決定にあたり地先ルールと[5]、交通上の接続が考慮された。その項目をクリアしている3区が相互に退かず、1982年10月に出された調停案により分割した。

中央防波堤内側埋立地、その続きとなる中央防波堤外側埋立地、さらに最後の埋立予定地である新海面処分場の管轄域も帰属の問題で紛争調停にかけられている。

[編集] 暫定施設の閉鎖

臨海副都心の土地のうちいくつかは、東京都が暫定的に貸出している土地であるため、観覧車も含むパレットタウン2010年閉鎖)・大江戸温泉物語2013年閉鎖)などの暫定施設の閉鎖が決定されている。

パレットタウンのある区画は再整備が行われ、ホテルオフィスの展示施設などを含む複合ビルや新型観覧車の建設が行われ、2013年に開業される。

[編集] 脚注

  1. ^ 当時の落首に「つくかねの六つよりいでてお台場の土ひょうかさねて島となりぬる」が伝えられてる。朝早くから突貫工事で台場を建設したことがうかがえる。
  2. ^ 幕府の役人が書いたと思われる『内海御台場築立御普請御用中日記』(嘉永6年より7年)が国立国会図書館に所蔵されている。前の注と合わせ、御台場は早い時期から御台場と呼ばれていたと考えられる。お台場は「砲台場」が訛ったという説があるが、人々がここを砲台場と呼びならわしていたという証拠は見つかっていない。
  3. ^ 現在は台場公園として開放されている第三台場と、他の埠頭などとつながっていない第六台場が残されている。
  4. ^ 埋立地の開発としては神戸のポートアイランド、福岡の人工浜・シーサイドももちなどが先行していた。
  5. ^ 従来の行政区域線を海側に伸ばし、その線内の地区はその行政の所轄とする。

[編集] 施設

[編集] 港区台場

[編集] 江東区

[編集] 品川区

[編集] 交通

浅草・お台場ラインを運行している東京都観光汽船のヒミコ

[編集] イベント

[編集] お台場を舞台にした作品

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

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